ノ ー ト

好 き な 読 書 を 中 心 に 考 え 中 を 記 録 す る ノ ー ト

メモ

売る方よりも買う方がサービスをする側の人間ではないだろうか。

そもそも買う側はそれを本当に欲しているのだろうか。
欲しくないけれど、買ってあげるのではないだろうか。
 

スペインのこと 2

一昨日の記事を読み直しますと、
なんだかことばが足りてなくて、
言いたいことが表現しきれていない不満な気持ちもあるのですが、
「外国に行くと外国かぶれになるか、反対に愛国主義者になるかのどっちかだ」
と言われるのならば、
そのどちらにもなりたくないのです。
極端にどちらかに偏るとしたら、やっぱり思いやりに欠けることになる。
そして、
「自分のことばで表現する」というのは、
私にとって、
「日本語で表現する」ということなのだと思うのです。
そういうことを、「スペイン」を通して書きたかったのだと思います。

そして、
全くスペインでの生活であるとか、文化について触れていませんでした。
私の住んでいたグラナダという街は、アルハンブラ宮殿で有名で
スペインの南のアンダルシア州にあります。
スペインがヨーロッパの縮図であるならば、
アンダルシアはイスパニアの全てが凝縮していると言われていて、
アラブ建築からムデハル様式、ゴチック、バロックまで、なんでもありです。

だけれど、
カルチャーショックの類は、わざわざ外国に行かなくてもどこにでも転がっているもの、
当たり前のことなので、それについていろいろ書く気はしません。
多くの人が言うとおり、
“ファッションや音楽といった共通する記号を持つ都市間の距離よりも、
都市と農村、親と子の間の距離の方が大きい”
と思うのです。
遠くへ出かけても、結果何にも見てこなかった人もいれば、
どこにも行かなくても、いろんな事を見ることができる人がいます。

でも、スペイン暮らしや旅行は大変楽しいものです。
日本人にとって、食べ物も口にあいますし、
恐らくヨーロッパ言語の中でスペイン語が一番容易です(発音がローマ字よみなのです)。
そして、もし南部へ出かけるのなら、南部のどこかの町で
聖週間(復活祭)のパレードを見ることを是非おすすめします。
そして、キリストやマリアの山車に向かって、
バルコニーなどからアカペラで歌い捧げられる
“矢”という名の「深い歌」を聴いてみてほしいと思います。
この聖週間で奏でられる楽隊の音楽、歌、その全てに、
いわゆる「スペイン音楽(バスク等を除く)」のエッセンスがつまっています。

ジプシーの檀家は、ジプシー人のキリストやマリアの山車を持っていて、
特に、辻を横切るマリア像に向かって声をかけ、号泣する人も多く、
見ていて壮絶なものがありました。
私はキリスト教徒でも何でもありませんが、
日本人にもキリスト教的秘儀を少し垣間見えるような気がするものです。

聖週間の山車は、各地区の教会がそれぞれ持っていて
名誉ある山車の担ぎ手は檀家の中から選ばれます。
この山車を管理している信徒会のルーツはギルドであり、
1936年から始まったスペイン市民戦争で、負けた自由戦線側の兵士たちが
この信徒会に受け入れられ山車の修繕や制作にかかわった歴史もあるようです。
(もちろん、労働階級出身の兵士も多かったので。)
ですから右派も左派もない、受け入れることによって、
スペインの保守性は教会を中心に俄然続いてきたように思われます。
(ギルドが発端の秘密結社などがあることを考えると、
やはり金属などの資源・工芸と秘儀は、抜き差しならぬ関係なのでしょうか)

でも、山車に関して言えば、
ジャンルも技術的にも異なるので、比較するのは間違いかもしれませんが、
高山祭の山車の方が工芸的には勝るかもしれない、なんて、
結局、興ざめなことを書いてしまうワタクシなのでした。


<聖週間の様子>
http://jp.youtube.com/watch?v=MWUwTLCcEYY&feature=related
<object width="320" height="264"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/MWUwTLCcEYY"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/MWUwTLCcEYY" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="320" height="264"></embed></object>


<「矢」サエタ>
http://jp.youtube.com/watch?v=bTHUMkxWdVA&feature=related
<object width="320" height="264"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/bTHUMkxWdVA"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/bTHUMkxWdVA" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="320" height="264"></embed></object>
...もっと違う歌手で良いのがyou tubeでいっぱい見れますが、
状況が良くわかるもの↑



スペインのこと

※昔のブログから移動してきました。


なんだか急にスペインのことが書きたくなりました。
自己紹介の一貫にもなる気がするので、書いてみます。
前置きですが、
文中に出てくる「日本人」とか「スペイン人」という総称は
世間で便宜的に使われる、一般的な意味でしかありません。
いわゆる「日本人」も「スペイン人」も存在するわけでない、ということを、
決して忘れるものではありません。


私は中学校を卒業してから約1年半、
単身でスペインのグラナダという土地に暮らしました。
まぁ、たったの1年半ですから自慢にできるものではないのです。

私の中学生時代は本当に悲しいもので、
他の生徒や先生から、強い孤立感を抱いていました。
その頃は、京都の大原に住んでいて、
やはり、人目を避けたかった平徳子(建礼門院)が
隠遁のために選んだ土地であるくらいですから、大原は閉鎖的な空間でした。
観光地ではあるけれど、地元民というのは少なくて
京都はただでさえ閉鎖性があるけれど、
余計に、大原はよそ者が孤立してしまう環境もあったのかしら。

決していじめられていたわけではないのですが
担任のある男性数学教師から毛嫌いされていたのもきっかけの一つだったと思います。
その頃の私は本当に生真面目で、軽いノリが出来なくて、
とにかく受け流すということは全く出来ませんでした。
面白いことを言わねばならないという関西独特のプレッシャーにも
限界が来ていた気がします(今はお笑い大好きですが)。
なので、中学3年生の後半は、
例の自律神経失調症(とかくなんでもこの症状だといわれた時代です)で
人前に立つだけで呼吸困難になったり、みんなに嫌われているといった被害妄想で
学校に行くのが嫌で嫌で、不登校気味になりました。
その頃の私には、世の中が嘘だらけに見えて
「優しさが大切なんて思っている人なんか、本当にいるのだろうか」という疑念で
友人たちのことも侮辱していた気がします。
ちょっと例えが良すぎるけれど、
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のジョバンニの気分です。
比較的仲の良かった友人でさえ、カンパネルラに思えて、
友と別れて「自分はひとりでいかなければならないんだ」などと思っていました。

そんな私だったので、高校進学は恐怖でした。
こんな生活がまた続くかと思うと絶望を感じていたのだと思います。
学校がとにかく苦手なのです(今でも)。
一方的に、優劣と競争が強いられる感じがどうも耐えられないのです。
そんな私を見ていたのでしょう、
父親から「高校に行かず海外留学したらどうだ」と持ちかけられ
私はとにかく環境をガラリと変えたかったので即決しました。
当初はハンガリーかスペインが候補。
父の、英語圏は危険だというイメージ(本当はスペインもだいぶと危険なのですが)と
英語圏だと日本人が多そうだし勉強にならないのでは、という心配があったし、
何よりかつて学生運動を熱心にやっていた父なので
スペイン市民戦争のイメージと東欧が好まれたのでしょう。
ハンガリーは情勢不安もあって却下され、
父の家は父以外みんなクリスチャンで
父の兄が上智大の神学の教授だったり、
親族が東京のイグナチオ教会で何某の役付きだったりして、
スペインに紹介できる日本人神父がいるから、ということで行き先がスペインになったのです。
そんな訳なので、他人からは「すごいね」と言われもしましたが、
私としては高校進学というものから逃避した、という意識の方が強いのです。

私がなぜ、スペインでいいと思ったかあまりよく覚えていなかったのですが、
私も何となく「日本人の多そうな英語圏は嫌だ」という気持ちがあったし、
父の古くからの友人で、スペインのイビサ島に12年住んでいた人があり、
中学3年生の夏休みにその人の家に泊りこんで、
エステバン・サンツというスペインのシュールレアリズムの画家と接したことも
スペインを間近に感じた理由であると思います。
その後、「ロルカ・ダリ」というスペインの詩人と画家ダリの友情を取材した本を読んで
いたく感動した、ということもあります。
本に載っていた、詩人ロルカがダリに捧げた詩の中の、
「オリーブ色の声をしたダリ」という表現に、すっかり魅了されてしまったのです。
(正直言うと、ダリの絵は全く好みではありません。)
スペインの強い太陽光線を想像すると、
京都という大変に高湿度の土地にいた私にとって
ジメジメとした心も、カラッと乾かしてくれそうな予感がしたのです。
小さい頃にTV放送で見た、
古いモノクロームのヨーロッパ映画の中の、
太陽の日差しが強過ぎて、情景が真っ白に映ったシーン。
まるで白昼夢のようなその情景は、今でもとても好きなのですが、
当時の私も、スペインにその情景を重ねていました。
暗くて何も見えなくなるより、明る過ぎて見えなくなることを
どこかで望む気持ちがあったのだと思います。

スペインを「ヨーロッパの縮図だ」という人もいるくらい
実はスペインという国は地方によってまるで異なります。
気候風土もさることながら、
国家公用語のスペイン(カスティーリャ)語以外に、6つの言語が使用されています。
陽気で太陽の国という印象は、私にはありません。
スペインの公式イメージ「光と影の国」の影は、
とてもとても陰鬱で暗いものです。

イスラムやユダヤ勢力が残るイベリア半島を
キリスト教王国が統一したのが1492年で、
スペイン国女王が資金援助していたコロンブスが新大陸を発見したのも同年です。
スペインという国は、国内の統一と同時に植民地時代が始まったので、
いわば外へ外へと拡張していく運動体であったとも言えます。
ここにおいて、
「スペインがスペインだけであったことはない」と言われるゆえんです。
そして、植民地時代、
中南米へ多くのスペイン人が渡り残虐な行為をしたわけですが、
多くの人々がエストレマドゥーラ(一部の説では「極めてひどい土地」という意味 )地方という
内陸放牧地帯の遊牧的習性を持つ(つまりは経済的に安定し得なかった)貧しい出自であったわけで
自国スペインに絶望して移民となった結果だということだし、
ちょうどその頃、聖テレサを代表する極端な神秘主義がさかんであったこと、
ルネサンスの影響の強いイタリアの詩人で人間を「神の似像」と捉えたペトラルカ
(ヒューマニズムの父と言われるらしいです)
の詩がイベリア半島を一世風靡したことなどは、
何だか同義である気がしてならないのです。
つまりは、
現実に望みが持てなかったからの逃避であったのではないだろうか、と。
スペインから帰国後のノートに
「永遠に自己を満たしてくれない、しかしそこへ向かう以外にはない永遠に、
 外なる空間があるばかりの彼らにとっては
 現に生きる自己の外に出ることによってしか、自己を自己とする途を求め得なかった。
 自己の外へ向かっての自己追及であり、自己脱出による自己造出」
「己が抹殺を生きる者すべては、誰にもまして形而上学のとりこになっている」
という、スペインの植民地時代を論じた著作の中からの写しがあります。
当時も思ったことで、実に自己陶酔的なその文章表現に許せざるものを今も感じるけれど、
ノートにわざわざ取った私のその頃の心境と、
やっぱりスペインの影の部分をこういうスピリチュアルな角度で著わす人があるということは、
限界を感じていた自分とスペインという国を結びつけた何かがあるのだと思う。
日本の外に救いを求めた私でしたから。
しかし外に救いを求めるということは、
つまり内が貧しいということに他ならないのです。
それが今はわかる。
内が豊かであれば、外に矛先を向ける必要はないのだもの。

そうして1648年の「帝国の死亡宣告書」と言われるウェストファリア条約で、
スペインは完全敗北をして、
「ルネッサンスなき国」として屈辱を感じながらその後、
1898年まで250年間続く“無為症を病んだ”「暗黒時代」に突入していきます。
この暗黒時代の影響は、今の国民性にも色濃く残っている気がします。
スペイン人は非常に自虐的で、
この自虐性は日本にも通づるところがあるな、と思うのですが
プライドが強く馬鹿にされるのを嫌うので、
他人に言われるぐらいなら、と自分から自分を卑下する傾向が強い気がします。
今、フランスで会社を経営している日本人の方に、かつて
「フランスの方が日本人多いけど、日本人はスペインの方が合うよ」
と言われたことがあります。
陽気で激しいイメージのスペイン人は、日本人と真逆のように思われがちですが
私も、極東の日本と、
ピレネーを越えたらそこはアフリカだ、と言われ続けた「地の果て」スペインは
なんだか共通する部分を感じるのです。

ちなみにスペインのポップス(死語?)には、日本のそれに似て
スペイン語の歌詞にサビ部分だけ英語、という曲がたくさんあります。
たしかにアジアには顕著な傾向かもしれないけれど、
同じヨーロッパなのに、スペインは文化的にねじれてるなーと思います。

スペインの代表的な思想家の言葉に
「自己を再び人間が取り戻すには、歴史として取り戻すほかない」
というものがあります。
今考えると、世間が植えつけた「暗黒時代」という歴史観に
盲従してきた自分たちを問い直そう、というものだったのでしょう。
そんなスペインと、みずからで戦後処理をしてこなかった日本とが、
どうもシンクロしてしまうのです(これこそが客観性を欠いた感情移入そのものですが)。
先日また偶然、NHKの伊丹十三さんの特集の一部を見ていたら
十三さんの父の伊丹万作さんの言葉が紹介されて、とてもドキリとしました。
ちょっと長いですが引用してみます(かなり省略しています)。 

 さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃え
 てだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた
 人間はまだ一人もいない。

  そこで私は、試みに諸君にきいてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分
 の子にうそをつかなかつたか」と。たとえ、はつきりうそを意識しないまでも、
 戦争中、一度もまちがつたことを我子に教えなかつたといいきれる親がはたして
 いるだろうか。

  いたいけな子供たちは何もいいはしないが、もしも彼らが批判の眼を持つてい
 たとしたら、彼らから見た世の大人たちは、一人のこらず戦争責任者に見えるに
 ちがいないのである。

  もしも我々が、真に良心的に、かつ厳粛に考えるならば、戦争責任とは、そう
 いうものであろうと思う。
 我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷
 状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許し
 た自分たちの罪を真剣に反省しなかつたならば、日本の国民というものは永久に
 救われるときはないであろう。

 「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解
 放された気でいる多くの人人の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将
 来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。

 「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でも
 だまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めている
 にちがいないのである。

ことあるごとに「日本は負けたからしょうがない」というお年寄りの、
戦争を生き抜いたご苦労をねぎらいたい気持ちはあるけれど、
やはり問題はそう簡単ではないのだと思う。
(でも、戦時中生きていたら、私も「だまされた」と言ったでしょう。)
上の意味において、日本が戦争責任を自らでしてきたとは言えない。
だから日本人がよく使う「島国根性」とか、そういううわべだけの自虐的な言葉は
それ以上の追及を恐れる、コミュニケートを拒絶した態度と同じ気がするのです。
昔の私はそうでした。日本が嫌いだと思っていました。
でも、今の私はそうやって論武装することはしたくない。
武装解除が1番の安全策だ、というペシャワール会の中村哲さんの言われるとおりだと思います。
誤解があるといけませんが、
自虐史観は止めろという、マッチョなタカ派な立場ではないのです。
先日毎日新聞の解説委員の方が
「ある一部の人たちが自虐史観を持つなって言うけれど、
反省することって自虐的なことなのかなぁ?」
むしろ、逆だろうって言っていました。そうだと思う。
反省は自虐行為とは違う。

話が逸れてしまったけど、
私にとってのスペインは、やはり私の写像なのだと思う。
かつての私は、スペインに行っていたという経験に依存していたし、
まさに類は友を呼んで、自虐的なスペインが私には必要だったのだと思う。
(勝手にスペインの自虐的な部分を抽出したのは私なのですが)
だけれど、今の私は、
もちろん、フラメンコもスペイン料理も街並みも大好きだけど、
それらは古い友人のようで、束縛し合うものではありません。
昔はスペインに移住することを夢見ていたこともあったけれど
今はもう、そんな風には思わない。
スペイン語も勉強していきたいけれど、
でも、それよりも、
私にとってのうつくしい日本語をもっと身につけたい。

こうして、私にとってのスペインを
今の私はスペイン語を1字も使わずに書くことができる。
これが、私のにほんごです。

もちろん日本語だって借り物です。
でも「また借り」はできるだけしたくない。
もし、日本語が借り物であれば、私の肉体も存在も借り物。
ことばはそういうものだと思う。

なんだか、だいぶ端折った気持がするけれど、一応これで投稿してみます。
また加筆する気がします。



安富さんとヘブライとシャムキャッツ

最近図書館でかりてきて衝撃だった本。
親としても震撼したとも言える一冊 。
安富歩氏が共著で大分前に出された①「ハラスメントは連鎖する」。

例えば子供の時に親から条件付きの情(ハラスメント)を受けて育つと、
自分の情動を信じられなくて、直観よりも理屈に答えを求めちゃう。
心がいつも晴れなくて、結果誰かにハラスメントしてしまうっていう連鎖。

言葉を使う以上、物理的な暴力以上に、暴力的になってしまうこともあるわけで。
どんなに気を付けていてもハラスメントに加担してしまう。
てか、どんな表現やコミュニケーションをも、相手にはハラスメントとする自由があるわけで。
それも、他者性なるものがあることの証しだと理解したい。

先日読んだ岩波ジュニア新書の②「ヨーロッパ思想入門」とシンクロ。
岩波ジュニア新書は良書が多いのはもうすでに一般認識ではあるけれども、
1冊でヨーロッパ思想を著わさんとするのに、
選び抜かれた哲学者のラインナップのなかで
レヴィナスにページが多くさかれていたのに興味を覚えて読んだ。
この本はとても面白かった。

子供のころに思った
「本当に神様がいるんだったらどうして戦争は起こるの?」
的な疑問の、ヘブライ的な回答が②にのってる。
どうして神は人間の似姿をしているのかってことも。

ある意味、都合のいい考え方なのかもしれないけど、
愛とは無条件。
相手がどんな悪いひとでも関係ない。
戦争しようが悪事を働こうが関係ない。
自分と相手は違うのだ。
神にとって理想的な人間がいたとしたら、
それは神自身または神の投影でしかない。
それでは人間を作る意味がない。
自分とは違うもの、他者性を生むために神は人間を作られた、的な。

聖書に「まず神は言葉を作られた」ってあるみたいだけど、
だからハラスメントは絶対生まれる。
どう考えてもハラスメントとは無縁ではいられない。
でも、ハラスメントをなるべく連鎖させないことの努力、
はできるかもしれない。

その挑戦をガンディーもしたわけで。
ガンディーは①に載ってたんだけど
“正しくないからある「法」に従わないっていうのじゃなくて、
気に入らないから従わないって態度”でいきたい的なこと言ってたらしい。

理屈じゃなくて気に入らないからっていうのが理由って
なんか駄々っ子みたいなんだけど、
でも理屈じゃなくて自分の情動を信じられるのって
無条件に愛されたからで。
これあくまで安富さんたちの表現だけど。

こないだYUKIちゃんが言ってました。
「何かを選ぶときに、良いから正しいからって選ばない。
どっちが楽しいかで選ぶ。
そうしたら誰のせいにもしないから。」

理屈に逃げちゃうってのは武装みたいなものかも。
①で学問しちゃうような人ってみんなハラスメントを受けた人
みたいなこと書いてあった。
なんかの“せい”にしたいんだよね。

自分と向き合うことのキツサ、ツラサはしんどすぎて。
でもそれってハラスメントを連鎖させないための
1つのかけらにはなりうる気がする。

まるで永遠にハラスメントとは加害者としても被害者としても
無縁ではいられない気がするけど、
それが他者性でもあって、
他者性があるから自分も鍛えられるし、見方も広がる。
これってガダマーだよね。
先入見なくしてはひとはものさえ見れないけど、
先入見を否定的なものとしてとらえるのこそ先入見で。
先入見が挫折するからこそはじめて真の理解が生まれるっていう。
だから挫折しなくちゃいけないんだね。

だけど相手の知らなかった気持ちを知ったりして、
でも知っちゃうと、それも自分の解釈でしかなくて、
結局、他者性はするすると逃げていく。
っていうか掴まえられないから他者性なので。
「現在の地平は過去へとくりこまれ続ける」
まさにガダマー?

だからひたすら先入見は挫折し続けなくちゃいけない。
安保法制でこんな時だからじゃないけど、
ハラスメントを連鎖させない努力、
これが本当の教育の要なんじゃないかな。

シャムキャッツの夏目君がどこかで言っていた。
「勝った時の気分ってつまらない」
この感覚を表現できる音楽があるのはすてき。
fishmansもそうだったし。

シャムキャッツ 「AFTER HOURS」


シャムキャッツかなりすきです。

当事者研究 ~ ウイルス性いぼ before after (写真あり) ~

実は昨年の春の終わりごろに、ウイルス性のいぼが手の指にできた。
ウイルス性いぼとは、日本皮膚科学会によると以下の通り。
イボのウイルスも正常の健康な皮膚には感染できない(と考えられている)のですが、小さな傷などがあるとそこから皮膚に入り込んで、基底層にある細胞(基底細胞と呼ばれます)に感染してイボをつくると考えられています。
多分原因は、生鮮パートで働いているためにしている、過剰な手洗い&除菌。

ジョンソン&ジョンソンの業務用のハンドソープで洗い、
原液のアルコールで除菌すること が限りなく。
普通手に存在している良い常在菌とやらが除菌されてしまった結果ではないか、と。

このイボの特効薬はないらしく、通常は液体窒素療法が主流らしい
要は、凍らせて細胞を壊死させるというもの。
これがすごく痛いらしいし、再発するらしいので絶対やだ。
「イボコロリ」という市販薬を使った自己治療も、後が悪いらしい。

でもって代わりに、我が家の皮膚の万能薬コパイバを塗布。
すると患部が硬くなり、出血するようになった。
それとともに日常生活でイボがモノと接触しやすくなり、
度々出血→コパイバ→硬くなる→出血 の繰り返し。
その頃の写真が↓の2枚。かなり大きくなっています。
P6040372 (400x300)
P6040378 (400x300)
ここまでくると、コパイバは合わないのかなーと思い、塗布を中止。
たまにシアテラオーガニクスの未精製の「シアバター」を塗布
それでも変化なし。
シアテラバター シアゴールド


しばらくしてから、直也君の腰痛&安眠マッサージ用に、
化粧水でお世話になっているニールズヤードレメディ―の
「ショルダーリリーフサルブ」(↓の写真)を購入し、マッサージに使用。
ハーブのアルニカが入っているタイプで、
マッサージ後、手についたオイルを塗り込んだりしていたけど、
特にイボには変化なし。
ショルダーリリーフサルブ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

最初に比べるとイボは倍以上の大きさになったし、
手の別の場所に傷をすると、また同じイボが出来たので、もう諦めた。
もう年だし。なんて。

でもって、冬になり、激しい職場の手洗い&殺菌で手がバラバラになった。
イボはどうでもいいけど、あかぎれがなんとかしたくて、
またコパイバやシアバターを塗ったりしていたんだけど、
全然肌がしっとりしなくて、思い立って、
8年前に娘を出産した時、病院でもらった乳頭ケア用の
「カネソンピアソンバーユ」を塗ってみた。
商品の詳細
なんかあかぎれにいい感じがしたのでしばらく塗布。
すると1週間で↓のように!!
ほぼイボが無くなりました!!!
写真ではわかりにくいけど、肉眼ではほぼ無くなった感じで、気にならなくなった。P1040386 (400x300)
P1040387 (400x300)

治るまでいろいろ塗ったし、何が功を奏したか非科学的にしかわからないけど、
決定打になったのは、多分「馬油」。
すぐに変化がありました(個人差はあるでしょう)。

ウイルス性いぼになったら、一度は馬油は試す価値ありです。
もし、悩んでいる方がいたら、ぜひ使ってみてください。

覚書

ライブは好き、コンサートも好き、だけどフェスは嫌い。
会合は好きだけど集会は嫌い。

立岩真也氏、かなり好きです。
たとえば「不登校新聞」

『自閉症連続体の時代』みすず書房

お金がないから買えなかったけど、ちらり立ち読み。
これ図書館に入ったら絶対読もう。

病や障害と認定されるとはどういうことか。認定されなければ社会で生きづらく、
認定されれば「自分のせいではなく、病のせい」だと免責される。

では、認定されなければ社会に居場所はないのだろうか。

これどきっとしました。

the travelin' life



奇妙くんの歌を聴いていると自由を感じる。
奇妙くんは「自由なんかと違うで~」とか言うかもしれないけど。
本人がどう意識してるかとか感じているかっていうことじゃなく、
でもなんかそう思うのだから、
私の思っている自由という言葉の意味に近いものが
奇妙くんの歌には滲んでいるんだろう。

奇妙くんは38歳なのかな。
遅咲きと世間は言うのかもしれない。
でも、歌う事しか上手じゃない(?)奇妙くんは、
自由な感じがする。

今日もどこかでライブをしているんでしょう。
連歌で旅をする歌人のように。
旅するのが仕事って良いなと思う。

中学生の頃、一時、アラビアで遊牧民になるのが夢だった。
奇妙くんを見ていると、今からでもなれるかも?って思える。

みんなが生きたいように生きられれば本当にいいのにね。

メモ

Liza!

とうとう見つけてしまった。
Lizaの「the travelin' life」
最初に見たのはエド・サリヴァン・ショー。
帽子づかいがとってもキュートで、ボードビリアンな感じだった。
10代の時よく歌った。
し、スペインから帰ってきて、またあっちへ行くつもりだったから、
もうこういう気分で生きていた気がする。遠い日の思い出。


I never was a stay-at-home
I've wandered hill and valley
With my two companions
Mister Rand and Mister McNalley

Me, I like the travelin' life
Yes, I like to get around
I've found that the life for me
Has bound to be
So free an easy
Easy and free

No matter where I chance to roam
Where I hang my hat, that's home
I know the life for me
Is just to be
So free and easy
Easy and free
The travelin'
The travelin'
I love the travelin' life

Pack your grip
Come with me
And we will see Capri
And be in Napoli
For a weekend of fun
Plan the trip to Paris
There is a bistro on the Left Bank
I like cos it's frankly a place most tourists shun

Why not try the travelin' life
You'll never want to settle down in town
Once you see it my way
Hit the highway
Every main road
Every byway

I won't give up the travelin' life
I'll give it all I've got to give
Now I am free and easy
Easy and free
The travelin' life is the life for me (yes!)
That's the life for me
For me
For me
  


ついでにこれもすごい。
お母さんのジュディー・ガーランドとのあのライブが1時間近く見れる。
ありがたやーyou tube.
barbraとTVのジュディ・ガーランド・ショーでやっとのと同じのを
lizaとやってたのねーーー
マツコさん知ってるよね。一緒に見たいわーーー
 

覚書 ~ リルケの詩と


 もろもろの事物のうえに張られている
 成長する輪のなかで私は私の生を生きている
 たぶん私は最後の輪を完成することはないだろう
 でも 私はそれを試みたいと思っている

 私は神を 太古の塔をめぐり
 もう千年もめぐっているが
 まだ知らない 私が鷹なのか 嵐なのか
 それとも大いなる歌なのかを


               

             リルケ 「時祷集-僧院生活の巻」

ーーーーー
大好きなこの詩の言葉の並びを眺めていると、
何かを思いつきそうなので、貼り付けておこう。

「私は私の生を生きている」、
その動機と目的が各々異なるならば、
表現も様式も各々で異なるだろう。
ただそれだけの理由で、
そこには争いや仲たがいが起きもするだろう。
動機と目的を無視したままでの
表現や様式は差異とでしか捉えられないから。
 
けれど、その表現と様式を作り上げている、
動機や目的の構造には
差異を超えたところの
普遍的な原理が見いだせるのだろう。
そしてだから、
原理には争いは存在しないのだろう。

ここでの語らいが、
表現と様式の淵でとどまるのでなく、
その構造にまで届くのなら。
“you're right , i'm right too
there's no one left here
になるんだろう。

原理はそこかしこにあり、
目の前にあるのに、
私たちはみようとしない。
もしくはそれをみる技術を手放してしまったのか。

本能の壊れた人間は、
リアリティの世界において、
積極的に認識しうるものでなければ、
「在る」とできない。

けれど、
波紋が水面の対称性の破綻によって現れるように、
かたちや姿が差異によって私たちに現れるのならば、
本当は、表現や様式こそ、
ひとの動機や目的の構造の“剥き出し”なのだと、
改めて学ぶべきだろう。

既に与えられた「先入見」がなければ、
対象を認識することすらできない私たちを、
しかしそれは「負」なのではなく、
あらゆる生物の中でも最も授乳期間が長く、
育児期間の長い生き物であるがゆえの自然だと思おう。

「先入見」は必ず打破され、解釈は拡大し続ける。
こうして、長い育児期間がゆえの、
「親離れ」を何度も何度もヒトは繰り返すのだろう。

それが言葉の呪縛であり、
しかし同時に言葉が、跳躍の鍵ともなるわけだ。

先入見を元にした解釈の拡大は、
いわば言語の細胞分裂のようだ。

鎌倉時代の仏僧が、
「本当は“花”など存在しないが、“花”とする」と言ったように、
反証によって私たちはやっと、
原理に至る。


国家による暴力や殺人が正当化されている間は、
ヒトの社会は、
表現や様式を単なる差異としてしかみなしていない。
社会は巣立ちを、親離れを禁ずる。


そこに「在る」ということは、
アクチュアルな時制の中で、
私の事件であり、出来事-happening-である。
ゆえに、「在る」は時間であり、「現在」なのだ。

目の前の表現や様式は過去ではない、決定済みではない。
だから、目の前に「在る」のだ。
まだその意味や価値は決定していない。
事はまだモノになっていない。

なぜ、その意味や価値の未だ決定していないものが、
争いの種になり得ようか。
解釈はこれからである。
始まったばかり。
今は「未(いま)」だ。




テスト

P5080381
P5080383

転載

まゆみさんのところに書いたコメントを覚書として転載。

私がスペインに住んでいた時、私が日本人だとわかっているのに、すれ違いざまスペイン人から「中国人!」って呼ばれたことが何度かありました。もちろん彼らは差別的に声をかけたのでしょうが、後で知ったところによると、スペインではアジア人の総称として中国人(chino/china)と呼ぶらしいです。でも私はなんか一歩的に呼びつけられたのが癪だったので、相手のスペイン人を「ポルトガル人!」って呼んでみたんです。そしたらすんごく怒ったから面白かった。隣国同士の対の構造というのは、どこの地域でもあるもんだなーと。
ちなみに「こそこそ逃げる」はスペイン語で、「フランス人のように逃げる」だし、フランス語では「スペイン人のように逃げる」です。イギリスとフランスにもおんなじ構造があるらしい。

まず、隣国同士の者は相手に過剰な意識を持ちすぎる、という傾向自体を忘れてはならないと思います。いつも以上に冷静に考えなくてはいけないかな、と。

わたしが以前から面白い研究されてるなと思っている呉宣児(≒オ・ソンア)さんのレポートはとても面白いです。韓国と日本でおごりについてどう考えるかをインタビューして多声性という問題を考えられています。ネットでは少なくとも2つの論文?が読めます。これが面白い。PDFなんでリンク張れないけど。

抜粋↓
「日常の自然場面ではおごり・割り勘の多様な現象や評価・意味づけが見られるにも関わらず、どうしてインタビュー場面では異口同声に韓国ではおごりが肯定的に語られ、日本では割り勘が肯定的に語られたのだろうか。
呉他(2006)は日本の社会でよく見られることを基準にして行うインタビュー質問項目自体が、時にはすでに良し悪しの評価をつけて問うことになりうることを指摘し、インタビュー場面自体や異なる背景を持つ研究者間の議論場面が、意図せず「日本―韓国」という「対の構造」をもたらしやすいことを指摘している。このことは調査場面だけではなく、文化的背景が異なる研究者同士が共に議論する時にも生じる。」

本来は自分の中に揺れや多声性(ポリフォニー)があるのに、インタビューや考えを述べるくだりになると、モノフォニーになってしまう。声が、本当の声じゃなくなってしまう。自分が自分の専制君主になってしまうんだよね。これが諸悪の根源かな、と。

また日本人はインタビューされたり質問されると、否定されたのかと思って正統性を主張してしまう傾向があるみたい。これはソースは忘れた。でも少なくとも日本人の議論の進め方はそんな感じします。
「セウォル号と同じような事故が日本でも起きてたけど、日本では死者は出なかった」とかいう報道も同じ構造だと思った。他人の不幸に乗じて自分たちは違うよアピール。現在の日本人のナショナリズムの1つのパターンかなって。東海林さだお氏が命名した、謙虚そうにしてるけど自慢する「ひかえめドーダ」ってやつ。とにかくあの報道は気持ち悪かったね。

最近日本人の礼節の本読んでたんだけど、魏志倭人伝の頃から、日本人は偉い人には頭下げてたらしい。あと柏手打ったらしい。
本の著者曰く、礼節の基本は「攻撃心はありませんよ」ってアピールなんだって。礼節や作法が沢山あるのは、それだけ日本は多種多様な人たちが住んでたルツボだったからだって。みんな一緒ならルール決める必要ないもんね。なんか納得。質問されると言い訳みたいに語るのも、コミュニケーション下手なのも、元々は異なる相手が前提だからじゃないかな、と。だから伝えることをあきらめやすいっていう。

日本は中間層が多くて「みんな一緒」の国民性、っていうのはつい最近のことで、本当は違うんじゃないかなって今は思う。韓国の方がよっぽど単一民族的じゃないだろうか。韓国の人の意識調査でも6割以上の人が韓国は単一民族だって考えてるらしいですね。今は韓国の居住外国人も80万人以上らしいから変わってきてるだろうけど。日本列島は多種多様がいいところだったのに、っていうかそれこそが国の成り立ちだったのに、それを去勢されてしまってる状態なんじゃないかな。

どっちにしても、「礼節」を重んじる「保守本流」の自民党には、攻撃心はありませんよって表現、もっと上手になってもらいたい。

| 森 | 2014/04/22 16:31 | URL | ≫ EDIT




私は東男と京女の子供なので(父方の祖父は会津、母方の祖父は北方のバイキングの末裔という話で丹後出身です)、西は京都までしかよく知らないんですが、去年は民俗学者の宮本常一氏周辺(偏ってる?!)を少なくとも20冊くらい読んで、西と東の見方にすごく変化がありました。

西は確かに豊かですね。絣文化で食器も陶磁器。農村も固定的ではなかった。わりと職業の自由があった。夜這いも西が顕著。歌垣は通説ほど乱交の場ではなかったみたいだけど、南から日本に来た文化ですね。だからこそ色んな人びと、職業や営みが派生した。でも、階層がいろいろできたから、差別は多い。
夫が妻に相談する文化があって、財布は妻に任せる文化。

東は貧しい。紬文化で食器は限定的で、あっても木製が主。農村は固定的で水呑み百姓の子は水呑み百姓。色んな職業が不可能だったから逃げ道・抜け道がなく、嬰児殺し・間引きがさかんに行われて、人口がいつも少ない。その分、差別が少ない。
夫婦の財布はそれぞれが持つ文化。

差別っていうのはあってはならないんだけど、でも豊かさの裏返しだと思いますね。実際は多様であるってことだから。
嬰児殺しは真宗では禁止されていたから、同じ東でも新潟なんかでは行われなく、間引きで人口減した常陸に子供を供給していたのは新潟。新潟は多分、トップレベルの豊かさだったと思います。新潟は東でも別格かなって思う。

宮本常一氏は日本っていう国は、常に西と東が入れ替わることで進んできた国だって書かれてましたね。西と東の勢力争いが日本である、と。

東の貧しさはでも、水田中心主義がもたらしたものだと思いますけども。そういう意味ではイデオロギー的に貧しくさせられた部分はある気がする。食糧こそイデオロギーであり、政治だから。

| 森 | 2014/04/23 15:52 | URL | ≫ EDIT


読書 「暮らしの中の洗浄」辻 薦著

http://www.chijinshokan.co.jp/Books/ISBN4-8052-0463-X.htm

東大の化学・農学博士によるエッセイ的な本。
もともとこの人(故人?)は、工業洗浄に関する専門家のようです。
日本、もとい、世界の洗浄の歴史をかいつまんでエッセイにしてあります。

この本に書かれていて、
改めてハッとしたのは、
まー考えてみれば当たり前なんだけど、
欧米なんかの硬質な水だと、
石鹸などの泡立ちが悪くなるようで、
欧米の市販の洗剤なんかは、
日本の洗剤より一般的な使用感としても「強い」わけです。

わたくし、スペイン在住時に1度、
美容室で「シャンプー&カット」をしてもらったことあったのですが、
そこで使われていたシャンプー&リンス?で、
びっくりするくらい髪が傷んだことがあって。

芸能界の人とか、渋谷系の人って、
外国の洗剤使ったり、「ダウニー」使ってる人多いですけど、
ああいう国内販売品って、日本対応になっているものなのでしょうか?

シャウベルガーの本にも書いてあったんだけど、
水って優秀な溶媒だから、
磨かれた水っていうのは体にはよくない。
体のミネラルを奪ってしまう、と。

肌にも多分、欧米のような硬水の方がいいのかもしれないけど、
洗剤を使う段になると、
硬水は泡立たないからって強い洗剤を使うことになって、
結局肌には強い刺激になってしまうのか?
あちらを立てればこちらが立たず感。

でも、日本は軟水だっていうのはなんか日本っぽいっていうか、
日本列島の住民の精神に多大な影響を与えている気がする。

日本では長らく灰汁が洗浄に使われてきたわけですが、
灰汁はアク≒悪か?っていう話を考えると、
洗浄→浄化にアク→悪が使われてきたって風にもできて、
なるほど興味深い感じ。
まさにカタルシス?

カタルシス(wikiより↓)
「ギリシア語のカタルシスは元来は医学用語で、薬剤を用いて吐かせたり、
下痢を起こさせる行為をいった。」

石鹸はその昔下剤として使われていたわけですけど、
灰汁の成分もまた、下剤らしいです。
便秘解消のために食べるごぼうの灰汁などは特にとらない方が良いらしい。
おもしろい。

勤めていた蕎麦屋の女将が
「その人の味覚は、生まれた土地の水に左右されるのよ」
って言ってたけど、
「水」は本当に大きい前提だす。

読書「不平等について―― 経済学と統計が語る26の話」

不平等について―― 経済学と統計が語る26の話

すず書房だし、なんかよさそうな気がして借りた本。

「結論」
経済学部の人にはいいかもしれないけど、
現在の不平等を私たちはどう変えていけばいいのか、の
切り口的なものを読み取れなかった。
でもって、なんか燃えるものがなくて完読できず。

当たり前だけど、
不平等は個人間の勤勉と怠慢の差によって生じるのではなく、
政治が生んでいるんだってことは明言されてて。

あと、農業が主産業であった時代の農民間の不平等よりも、
工業が主流となった時代の、
工業従事者間の不平等の方が大きいってこと。
そりゃそうだ。
工業の方が、設計者と工場労働者といった分業が複雑になるから。
消費者とは会うことのない、遠いところで働いている人ほど賃金が高く、
消費者と直に接するような、近いところで働いている人ほど賃金は安くなる。

アマルティア・セン氏の「不平等の経済学」を読んだ方が面白そうだな。
って思った。

ただ「不平等」っていうのは経済学から問題にすればつまらなくなるのは必至。
倫理的な意味での不平等には憤慨する人多いと思うけど、
経済的な不平等にはそんなに腹が立たない。
お金が全てじゃないってことはみんな実感しているから。

ただ片親世帯の親がパートでどんなに働いても12,3万にしかならなくて、
それじゃ生活保護(約13万くらい?)と同じくらいだってことと、
子供を高校くらいは卒業させないと就職も難しくて学費が払えない
っていうこととかが問題。

だけど、安物、粗悪品を大量生産&消費するようになったから、
自らの労働価値を下げ、賃金を低下させてるわけだから、
不平等のきっかけを与えられると、本当に人々は進んで貧していく。

奇妙くんがサンデーカミデさんの曲を歌うのが好きです。
奇妙くんの声がすごく引き立つし、カミデさんの曲もすこぶる活きる。
「ロックンロールベイベー」も名曲。

そんな天才バンドがアルバムだすそうで、
動画を見ました↓


なんか泣きそうになる。
なるんだけど、
なんかもうこういう歌(ラブソング?)の情景は、
「遠い」世界のような気がして少し驚いた。

今日、娘と録画しておいた「おおかみこどもの雪と雨」を観て、
すごく親近感があって、こっちの方が「近い」気がした。

でも今フィッシュマンズを聴いても、遠い世界の気がしない。

さみしさと孤独は違うってことかな。

佐藤君は「君」とか「あなた」とか歌いながら、
実は「君」が「音楽」のことを意味してたりしたんだけど、
ラブソング形式にすると歌になりやすい、聴きやすい?
ってなことを言っていた。
けど、佐藤君はラブソング形式の歌の中に、

 音楽は何のために 鳴りひびきゃいいの
 こんなにも静かな世界では
 心ふるわす人たちに 手紙を待つあの人に
 届けばいいのにね

とか
 
 この世の不幸は全ての不安
 この世の不幸は感情操作とウソ笑いで
 別に何でもいいのさ   

とか 

 いったい いくつの時を
 過ごして来たの
 60年70年80年前の感じ
 本当に確かだったのは
 いったい 何でしょうねえ
 時の流れは 本当もウソも
 つくから

とかいう言葉を歌うから、
フィッシュマンズが歌う、こんな世の中の隅っこでも、
世界をしょわずにいられない感じがしたのだった。
1人きりなんだけど、知らずに1人、ってわけじゃなく。
あえて1人。
なんか、佐藤君は日常、すごく立ち向かっていた気がする。
ひょろひょろと。

マッチョにならずにひょろひょろ立ち向かうからこそ、
佐藤君は私には新しかったし、かっこよかったんだよなー。

天才バンドはとても良い。
でも、熱狂できない。
そこがなんかさみしい。

こないだNHKで久石譲氏と吉岡徳人氏の対談を観た。
吉岡さんは苦手だと思った。
久石さんはすごく頭の切れる人だった。
音楽と、同じくらい人もすごいって人を久しぶりに見た。
音楽の方法論と自分の生き方の方法論が同じになるような生き方、
そういうのをしてみたい。

やっぱり晩年は
バッハとモーツァルトと民族音楽だけが慰めになるんだろうか。    

都合よすぎるようつべの使い方

有名になりたくてyou tubeに自分の動画のせてたのに、
有名になったとたん
自分が出てる動画許可しないっていうの、なんで?

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