ノ ー ト

好 き な 読 書 を 中 心 に 考 え 中 を 記 録 す る ノ ー ト

ペット問題

私は子供のころに犬を3匹、2回に分けて飼っていました。
けれど、今はペットを飼うことには反対。

盲導犬とか救助犬とか、アニマルセラピーとかは
色んな問題が解決されていない以上、否定はできないけど、
本当はどうなんだろうかって気もしている。

ペットフードには発がん性物質を含むものも随分あるようだし、
娘の予防接種でこんなに悩むのに、
ペットの予防注射の判断も、そうそうできそうにない。
ペットにもワクチン禍問題があることは以前にも書きました。
しかもワクチン禍の統計を取りだしたのはつい最近のこと。
ペットは家族だ、と言うのが本当なら、
飼い主は一体今まで何してたの?!って感じ。

私も子供のころに犬を飼っていたけど、
何も考えていなかった。
悪意のない悪行の何たる多いことか。

絵本作家のどいかやさんが
「ペットショップに行く前に」というパンフレットを作成されていまして、
娘に見せたところ、どいかやファンである娘もかなり真剣に見ていました。
無料ダウンロード可能なので、ぜひ多くの子どもたちにも見てもらいたい。
学校の教材で使ってほしい位。

日本では犬猫だけでも年間28万頭あまりが、
ガスによる窒息死で苦しみながら殺されているそうです。
アウシュビッツは今現在にもあるようなもの。

そもそもペットショップで販売するというのは、ほとんど動物虐待行為です。
人間の問題を動物に転嫁させるのは本当に情けなく悲しい。

戦争とは

戦争とは、
武器の見本市なのだ。
国家統一のための奉り=祭りなのだ。

トイレのクッションシート

最近、家のことが楽しい。
引越しを30回以上してきた私にとって、
模様替えなどはちょっとした引越し気分なのかもしれない。

他の部屋はどうにかなったのだけど、
前入居者が残していった汚れが落ちないトイレの床だけが、気がかりで。

そこで、クッションシートを上からのせることにしました。
貼らないのは、娘がまだソソウをするし、
たまにクッションシートを外して床を拭けるようにしておきたいため。

(↓上 BEFORE 下 AFTER)
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シャレオツなテラッコタ調です。流行らしい。
サンゲツ社製とシンコール社製と迷ったものの、
定番の?サンゲツにしました。
自分の思った通りの方でよかった。
メーカーによって、タイルの大きさとか色が違うみたいです。
楽天最安値の送料込のお店で最短の90㎝を購入。1200円くらい。

いかんせん狭小のトイレのため、型紙をとるのも一苦労。
型紙は新聞紙で。
いい加減にかたどったけど何とかなりました。
便器部分のカーブは気持ち内側にとる方が微調整が効いて良い気がします。

ほんとはちゃんと板でも貼れればいいんだけどー。

↓は台所の窓。
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カーテンは高いのでなるべく買わないので、
突っ張り棒などで布をカーテン代わりにしています。
カーテンレールのついていない窓には意外と使える手なのでは?と思います。

これぞ完全なる手前味噌か。

畑の鳥

畑に鳥がいっぱい来る。
それを見るのが楽しい。
庭の方にも餌箱を置こうかなと思っている。
↓クリックすると大きい画像が出ます。
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セント・ジェームスを直して着る、の段

ボーダーのバスクシャツで有名な「saint james」。
渋谷系やーね、とのたまいつつも、
私の普段着は、この渋谷系のシンボルのよーな
saint jamesだったりするのですが、
セント・ジェームスの気に入っているところ、というと

「ブラジャーしなくてもばれない」

という一点に尽きるわけで。
ノーブラ族にはこれは最重要ポイント。
生地が厚いからでしょうか?
最近のセント・ジェームスは知らないけど。
私の持っているシャツは全部ほぼ15年選手。

私にとってブラジャーしなくても透けない長袖は「saint james」、
半袖は「GOOD WEAR」が定番で、その殆どがボロボロ。

で、あんまり恥ずかしいんで、
セント・ジェームスのシャツを直しました。
これで多少寿命が延びた。

↓Beforeがこれ。性差別だけど、自分が男だったら、このまま着る。
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↓Afterがこれ。バイアステープで縁取りました。
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↓実は脇の下も破れてて、これは1年前ほどに直しました。
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あ~愛着湧いちゃう~。執着だよー。

ボックスティッシュのカバーと等価性

P5080395愛用している無印良品のボックスティッシュカバー。
←もう売っていないようなので、
作ることにしました。
現物は横がファスナーになっているんだけど、
めんどくさいので上からティッシュを入れる式にして
マジックテープで閉じることにしました。










特に見本にした作り方なし。
サイズも適当です。

娘の保育園の時の余った布地を使用。
なので本来は裏の白地を、出来上がりの表にします。
キルティングの方が厚みがあっていい感じ。
キルティングなので最初に布の四方をジグザグでかがってください。

↓中央のティッシュ取り出し口を作ります。
布を中表にして、上下9㎝はミシンで縫って、中16㎝くらいを口にします。
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↓アイロンで開いて、16㎝の部分はまつり縫いをしてとめます。
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底になる部分も、端から1㎝の所を縫います。

↓上の入り口になる所は1.5㎝くらい折り返してアイロンを掛けます。
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↓紐になるテープを下のように織り込んで(少しテープをずらす)、ミシンで縫ってとめます。
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↓折り返した部分を外から1㎝の所で縫って、マジックテープをつければ完成です。
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テープが生成り色なので、渋谷系な感じ。。。
ま、壁になじんでインテリア的にはさっぱりしました。

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晴れた休日に、手芸をしていると本当に幸せ。
これで放射能さえなかったら。

最近、対価のない家事労働などをシャドーワークと呼ぶそうだ。
女性の家事負担を問題にしたわけなんだろうけど、
こういう繕いものなんかの家事は、趣味の世界にも近く、
食いしん坊の私には料理をすることも、それが労働だと言われれば、
労働だけではすまない、嗜好の部分がある気がする。
家事というのは、非常に創意工夫の活かせる領分であって、
対価のある賃金労働よりも自尊心が満たされることもあると思う。
人によっては、なんだけど。

この「人によっては」の部分を社会通念化するのは難しい。
1つのコンセンサスになるには6割くらいの支持者が必要なんだろうし、
「その人にとってだけは」という例外が、カガクの問題にならないからなんだろう。

先日読んだジャン・リュック・ナンシーの「フクシマの後で」

フクシマの後で: 破局・技術・民主主義
ここで語られていたことはまた別の機会に感想を書きたいのだけど、
1番なるほど、と思ったのは「等価性」という観点だった。

西谷修氏が書いたように、
未来とか明日を、何にも汚れていない真っさらな時間のことを指すのだとしたら、
もう放射能で汚染されていない未来・明日などないのだ、ということなのだ。
つまり明日は破壊の翌日でしかなく、ただ今日の翌日にすぎない。
そういう意味で、現代の災厄は終わりなき災厄であって、
この災厄から(放射能)から逃れることのできる人、
関係がないとできる人は誰もいないのだ。
明日この世に初めて生まれてくる新生児だって。
例外はこの世からなくなってしまったのだ。

国に税金を納め、その国が核保有国と友好条約を結び、軍事練習をする。
その時点で、核に協力することに厳密に無関係でいられる国民は1人もいない。

関係と呼ばれるものがつねに通約不可能な何かとのかかわりであり、
関係の1項と他項とを
絶対的に等価でないものにするものとの関わりであるとすれば、(青字ナンシー)
現代は、<例外>や<通約不可能な者>などだれ一人いない世界になったのだ。
全てが等価の世界。要は命よりも貨幣が勝った世界ということだ。

そうやって考えると、
シャドーワーク=対価のない労働=家事というものがあるのだとしたら、
それはむしろ1つの可能性なのではないだろうか。
もしくは、対価のない労働という呼び方自体、ねつ造なのかもしれない。
税をとる側からの共働き推奨のキャンペーンの一環だろう。

昨今のデータで、料理に関心の高い妻を持つ夫は、
そうでない夫に比べると年収が数百万円多い、という結果が出たらしい。
これも実にくだらない統計で、悪意さえ感じるけど、
やはりどの方面の人間も、
シナリオ通りにことを進めているような気がする。

何をしたら富裕層が喜ぶのか、
その顔色ばかり見て世界中が発言しているだけ。

京の味

先日、京都の『松屋常盤』の味噌松風を貰った。
西京味噌が生地に入った小麦粉のお菓子です。

祖母の最後の住まいが堺町通りで、
同じ通りだったので、しょっちゅう祖母に頼まれて買いに行った。
小銭入れだけ持って、ツッカケで買いに走ったあの味。
それも味噌松風の「きれっぱし」をあえて分けてもらうのだ。
だから正規品を貰っても、
味噌松風は薄く切って食べたい。
薄く切って食べると、あの懐かしい味がする。

松屋常盤さんのお菓子は基本、京都でないと買えない。
箱にも京都の市外局番075は省かれている。
そこがなんとも京都らしい。
祖母の思い出。
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カレンダー

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↑ダウンロードカレンダーを付けた。
ダウンロードもとはコチラ
自分流に少しカスタマイズできる優秀さ。

いかんせん娘も小学生で、学校の予定もあろうかと
4月も終わりになって、さてカレンダーを用意する気になった。
今までは地区内で配られるゴミカレンダーで済ましていた。

色々好ましいカレンダーをネットでもさがしたけど、
デザイナーズカレンダーは売り切れだし、
送料も高いしで、コレというのがなかった。
そしたらダウンロードできるのを見つけた。
本当は茶系の紙でもあれば良かったんだけど。。
とりあえず3か月分ダウンロード。

適当なカレンダーが見つからないという方、この方法いかがでソーカ。

クリップは無印良品のものでひっかけてるだけ。

最近模様替えをしたので、家のあれこれが楽しい。

エウロパ 私の天の邪鬼

昔もらった本をスーパーの休憩中に読む。
軽いエッセイ集。しかし軽すぎるというか軽薄。

『想い出のカフェ ドゥ マゴからの贈り物』


内容は文化人による、
“自分の知っている欧米のオサレなカフェ自慢大会”。
しかしアメリカ文学者の柴田元幸氏のエッセイだけは秀逸であった。
彼が田舎もんじゃないからだろう。

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ヨーロッパの滞在が、
個人主義を教えてくれた、だの
各人の孤独を尊重してくれる雰囲気が素晴らしかった、
だの言う日本人が沢山いる。
私ももれなくそう思ったクチ(恥ずかしい)。

確かにスペインでの日々は、
私にとって日本にいる時とは全く違う感覚だった。
他人と違っていても
(正確には、自分が社会の本流で成功者でなくとも、ってことなんだけど)
違っていていいんだ、ということが嬉しく思えるのは
それだけで本当に幸福感を与えてくれた。

けれど、仮に本当に、
ヨーロッパの社会が成熟しているとしてみても、
かつての魔女狩りや選民意識、
そして植民地政策などの国家的暴力をどう考えればよいのだろうか。
前時代にそういった暴力やカタルシスを経なければ、
皆が褒めちぎる例の「欧米の自由な雰囲気」は到来しないのだろうか。

ヨーロッパの社会を、
歴史として、つまり蓄積されたものとしては
どう考えればよいのだろうか。
生物とは、個体でつまり蓄積そのものなのだ、ということからすると
現時点での社会だけを評価するというのは嘘になるわけで。

愚かさが、私を親欧にも反欧にもさせる。
それに連動して、私のアジアに対する意識も展転とするような気がする。

ーーーー

文化人、特に海外文学者や文化人類学者が、
自分以外の日本人を
「日本人観光客」とか「やたらな日本人」と描写するのは不快だ。
何故、自分は例外と誇示したいのか全くナゾ。
所詮、為替レートで利益を上げてるだけの、単なるブローカーじゃんか。

まぁ彼らとて生きる術としてそうしているのだし、
私が他人の生きる術を否定しようがないのだけど、
彼らが何をどう誇ろうが、
彼らが売る側で私が買う側の人間だ、
ということに過ぎないのだった。

極論 記号と信号

心理学を志す者と、精神病理学を志す者とでは
全く異なるのではないか、ということ。

前者は治療行為者としての自己満足を得やすいが、
(カウンセラーというのは実は自分が語りたいのだ)
精神病理学においては
満足感を得ることなど端から断念する事なんではないだろうか。

心理学的なカウンセリング行為とは
弱みを握ることに対する無抵抗感を同時に意味し、
心理学の入門はそれ自体、
性的な欲動への入門なのではないだろうか。

ノートに記されたいつかの誰かの言葉、
『言葉は自らに外在する何かを指し示しているという
“語るざわめき”であるのに対し、
絵画とか音楽は非記号である。
それらは1つの沈黙なのだ。
(自らに外在する何ものをも指さないから)

であるならば、
精神病の患者の言葉は、それがどんな激しい奇声であっても、
沈黙であるかもしれない。
記号ではなく、信号であるには変わりないけれども。
精神病理学者は常に自らの言葉の限界に向き合い、
言語の外にあるもの(排除されたもの)を
記号化(社会化)しようと苦悩する者である。

信号と記号に関しては
昨年読んだバフチン関連の本が面白かった。
「バフチン―“対話”そして“解放の笑い”」
バフチン―“対話”そして“解放の笑い” 新版
この本は松本中央図書館で借りて読んだのだけど、
汚してしまい買い取りました。
なので松本平の皆さん、すいません。中央図書館にはもうありません。

自己愛

相手がどんなに自分と違う考えを持っていても、
その人が私の話に聞く耳を持っている場合、
その人を嫌いになることはない。

またどんなに似た考えをしていても、
自分にとって禁忌とも言える単語や言い回しをする人を
好きにはなれない。

だから好き嫌いというのは結局自己愛でしかなく、
よって「相手を好む、好まざる」というのは
ただのまぼろしなんじゃないだろうか。
まぼろしに振り回されるのは宗教だ。

可動

青字部分を追加

蕎麦屋は結局7か月で退職し、
以前勤めていたスーパーの鮮魚部門に舞い戻りました。
やっぱり庶民派のワタクシ、こっちの方が合ってるなー、と思う。

蕎麦はまぁ普通、飢饉の時の食べ物であって、
本来“ど庶民”の食べ物なんだろうけど、
勤めていた蕎麦屋はなんだか格調の高い?有名店だったので、
今のスーパー勤務とでは、結構、落差はある。

蕎麦屋の時は裏方の仕事で、主に2畳分しか動く範囲がなくて、
ヒマな時は女将とお茶を飲みながら話をしているだけで、
実際、からだが鈍ったし、体重も4キロ以上増加した。
働いていないのに、まかないとして蕎麦を3人前くらい食べるのも辛かった。
「働かざる者食うべからず」とはよく言ったものだとつくづく思った。
30代も半ばを過ぎると、
この言葉は怠け者を非難するものではなくて、
からだの健康のこと、自己管理を諭した先人の知恵ではなかったかと思うようになった。

スーパーに戻って、1番いいのは移動が自在にできるところ。
人手が足りなくて大忙しなのでからだをフルに動かせられる。
1か月で3キロ減量できた。

蕎麦屋の女将とはいろんな話ができたし、
文化的には、非常に毎日刺激的だったのだけど、
そういう精神の自由?があっても、
からだが囚われの状態であっては自由度を感じにくいのではないかと思った。
動物とは動くものだから、そもそもそういうものなんじゃないだろうか。
これは非常に勉強になった。

あとこれは毎日3人前蕎麦を食べた上での思いつきなんだけど、
「空腹こそが最高の調味料」と言うけれど、
なかでも蕎麦は、空腹時が1番美味しい食べ物ではないか、ということ。
うどんでは蕎麦ほどまでには空腹状態を要請しない気がする。
蕎麦は飢餓の時に食べた、という記憶が
どこかこのからだにも伝わっているんではないだろうか、と思う。

箸袋 なめこver.

娘の小学校用箸袋作成。
こちらの作り方を参考にしました。
P4110370










小学校

娘が小学校に入学するので
体操着入れ、上履き入れ、座布団を作りました。

いかんせん手芸量販店で売っている布地が、
『キャラもの』か『渋谷系』か『演歌系』の三極って感じ。
娘が数年間使うには『キャラもの』では耐用年数が短いので
消去法で『渋谷系』に。
母が私に作ってくれたものは独創的なものだった。
布地のせいにしているが、所詮想像力の違いか。

あとは箸入と給食袋などを作るのみ。
P4060364
















★参考にした体操着入れの作り方はこちら
★上履き入れの作り方はこちら
P4060366
















★座布団&座布団カバーの作り方はこちら


小学校になるとPTAの役員がある。
高学年になると役員の仕事が煩雑になるので、
みんな低学年のうちに立候補するらしい。
なんと小学一年生の母親の全員が立候補に挙手。
あさましいなー。
そんなにやりたくないならPTA廃止運動すればいいじゃん。
それをやらないで自分だけ回避しようとするのは、
自分さえよければいいって発想。
そんなので子供が教育できるんでしょうか。
嫌なことは他人に押し付けていいんだよって親が体現してるんじゃ、
いかん気がするけどなー。

勿論、わたしもやりたかないが、やることになったら
6年生のPTAでもなんでもやってやろうじゃないの。
ってことでずっと立候補はしないことにしてみる。
立候補しないと最後の最後で順番が回ってくるんだって。

税と選挙

先日青色申告ソフトを購入し、
確定申告に向けて中嶋農産の決算書を作成中。
一応、青色申告の複式簿記。
1日でも遅れると控除額が減るのでなんだか毎日そわそわ落ち着かない。

先の選挙で自民党が大勝して意気消沈したけれど、
今はいかに所得税を払わないかに努力したい。
ぜったいに払いたくない。

選挙は、ぼろいメディアのキャンペーンで、
簡単に世論とやらは操作されて、その通りの勝敗が出る。
例えば、投票に行かなくても白紙で投票しても、
それは何の抵抗を示すことにもならない。
投票率が60%以下なら選挙は永遠に無効です、とか
白紙票が全体の○%を占めれば無効です、とか
法律で決まっているならいざ知らず、
現状はどんなに低い投票率でも、
世論操作の効果があった党が勝つだけの仕組みになっている。
この現状でできることは、
私は選挙に行って反対票を投じるしかないと思っている。

でも議会制民主主義なんて民主主義じゃない。
「みなさんは働いて税金おさめてくださーい、政治は勝手にこっちでやっときますから」
ってことに過ぎないから。

だったら税金をなるたけ払わない生き方をしたい。
防衛費だのなんだの予算を上げるために払いたくないし、
税金を納めることで共犯に仕立てられていくのは嫌だ。

みんなバイトしながら個人事業主にでもなって、
赤字を出し続けて税金おさめないような生き方をしたらどうだろうか。
年金も払わないか全額免除にしてもらう。

それで日本が破綻して、亡命先を自分で決められればいいのに。
多分日本が中国になっても、合衆国になっても
庶民の暮らしは意外と変わらなっかたりして。
でもその前にIMFと世界銀行に巣食われるんだろうな。

とにかく今は確定申告をやろう。
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