生前、マイケル・ジャクソンが、
レコーディング・プロデューサーに語ったという言葉が、
とてもいいので記録(赤字にしたのは私)。
以下は「マイケルジャクソンの奇跡を辿るブログ」より引用。

彼(MJ)はソングライティングの美しさを僕に教えてくれた人だ。言われたんだ。
“テディ、昔の人はコンピュータを持っていなかっただろう?”って。
バックトラックから作る音楽は駄目なんだよ。昔の人はピアノか、ギターの伴奏で曲を作っていたよね、
それをデモテープとして録音する。それが大切なのさ”
ってマイケルは言ってくれたんだ。
それからぼくはバックトラックをコンピュータで作ってからはじめるような曲作りは一度もしていないんだ。
ちゃんとシンプルにピアノで弾いて歌ってみて美しい曲じゃなきゃ。マーヴィン・ゲイもそうだろう?
愛し合うことと曲作りは同じさ、心に残るムードが大切なんだよ
                    

                   新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書より抜粋 著者 西寺 郷太

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(つづきはここから)


私の知り合いの、
一流の技術習得へ歩んでいる工芸家たちの中には、
“オーガニック”とかは偽善っぽいと思って、拒否反応を示す人がいる。
(まぁ、確かに“コスプレの類”でしかないような人たちもいるから。)

緻密に計算し、技を磨き、自然を加工・構築する彼らは、
自分たちといわゆる自然派の人々との間に大きな隔たりがあると感じている。
でも、彼らは一様に、機械的に大量生産されたものよりも、
丁寧に作られたものを讃美する。
(私の大好きな河井寛次郎は、機械生産ばかりをマイナスに捉えることを批判しています。
なるほどと思うので、別記事でいつか転載します)

私は、マイケルが言ったように、
大事な人に音楽を勧める時、
バックトラックから作った音楽は勧めたくない
、と思う。
仮に自分ではそういう音楽を聴いたとしても。

でもそれは、私にしてみれば、
天然酵母でない、イーストフードで出来たパンをあえて、
大事な人には勧めたりしないのと一緒
だと思う。
日常でイーストフードのパンを食べたとしても。
そう言ったら、彼らはわかってくれるだろうか。

ただ作るだけ・食べるだけなら、何でもいいかもしれない。
でも、そこに“自分なりの誠意を表したい”という願望があるなら、
何でもいいわけじゃない。

「100年先も残るものを作る」という工芸家の気概は、
自然や社会に対する責任の表れだろうし、
工芸はだから、“自分なりの誠意をいかに示すか”、という仕事だと思う。
(私にしてみれば、“作らない”というのも最大の誠意の1つなのだけど。)

世間から異端だの亜流だと呼ばれようが、
「これが、自分なりの誠意の示し方だ」と熟慮して思えるなら、
それはすべからく“正統”を自負する権利がある。

と、何となく思った。

おまけ♥ ニーナ・シモン  名盤ニーナ・シモン・アンド・ピアノより