ノ ー ト

好 き な 読 書 を 中 心 に 考 え 中 を 記 録 す る ノ ー ト

2010年07月

追悼 新田貞雄さん

松本の「丸茂旅館」&「喫茶まるも」を経営されていた新田貞雄さんが5月に亡くなりました。
94歳でした。
新田さんのことを私たち従業員は「旦那さん」と呼んでいました。
なので以後、旦那さんと表記します。

旦那さんの元で私が働いたのは5年と、プラス、少しブランクを開けてお手伝いの半年くらい。
働きだしたのは21歳からで、松本へ来てわりとすぐのことだったので、
私にとっては松本の歴史と旦那さんの存在は重なります。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

私が入った時には、旦那さんはほとんど目が見えなかったのだけど、
80歳を超えても当時は、丸茂旅館の一階の部屋で1人寝泊りをされていました。
夜ごはんを一緒に食べたり、夜11時まで話し相手をしたりと、
丸茂で働いた数年は、生活と仕事が一緒くたでした。
大動脈の大きい手術をされた後は、
夕飯のお世話も従業員の仕事でしたし、病床で旦那さんの身体を支えながら食事を介護したり、
しばらく背負っていた酸素ボンベの圧力の調整とか、ラジオの選局も大事な仕事だった。
その後、旦那さんは自宅の方で寝泊りをする生活を始められ、
私は少し経ってから、丸茂旅館に住みこみを始めました。
ある年の元旦、まるもは休業日だったけど、私は住み込みだったので留守番をしていました。
旦那さんはまるもに日参するのが日課なので、やはりやってきて、
私はまるもに届いた100通以上の年賀状の、差出人の住所氏名と内容を読みあげて、
旦那さんと話をしながら、宛名を書き返事を書いた。
私にとって、他人であるご老人とここまで深く接したことはなかったので、
今思い返しても大きな経験だったと思う。

私は滑舌はあまり良くないのだけど、目の見えない旦那さんに対しては、
音声だけが頼りだと気をつけていたからか、とてもしっかりとしたはきはきとした口調で話せた。
それで、旦那さんと話すこと自体が好きだったし、旦那さんには色んな事が自由に話せたので、楽しかった。
旦那さんに朗読をするお陰で、読むはずもない本も沢山読めて、思い返せば、とても影響を受けた気がする。

とくに、音楽。
喫茶まるもはその昔、名曲喫茶だった(今は違うと思うけど)。
旦那さんは音楽家の友人も多いし、サイトウキネンや才能教育などとも関係が深い。
旦那さんが有名なのは、「まるも」が松本における民芸運動のサロンとして機能していたことと、
レコードがまだ高かった時代に、クラシックやロシア民謡やシャンソンを流すなどして、
松本の音楽文化に貢献してきたことが、主たる理由だと思う。
旦那さんは戦時中、精神訓話をしなければいけないところで若い兵士たち相手に、
シューベルトを聞かせたりしていたのだそうだ。
そのことを半世紀経ってもありがたく思っていると連絡をしてきた人もいた。
明るいシューベルトの調べと、シューベルト自身の悲しい末路を思うと、
その当時の兵隊さんたちがどのような気持ちで聴いたろうと、思わず泣けてくる。
私はクラシックに通じているわけではないけれど、とても興味があったので、
旦那さんの話もよく聴いたし、
旦那さんのレコードのコレクションをアルファベット順に整理する役目も頂いたりしたので、
音楽に関して、旦那さんからの私への信頼は厚かった気がする。
普段は喫茶店のBGMもCDで流していたけれど、
旦那さんがあのレコードが聴きたいと言えば、すぐに出してかける、それが大事な仕事でもありました。
旦那さんはテノールが大好きで、特にジーリ、マリオ・デル・モナコが好きだった。
チェリストのカザルスやグレゴリウス聖歌。
そして何といっても、バッハ。
まるもで初めて聴いたバッハの「平均律クラヴィーア」は忘れ難い思い出です。
旦那さんの影響で好きになったクラシックや現代音楽は数知れない。

そして一番大きいのが、人を見る目。
旦那さんはとても有名人で、本人は迷士と言っていたけれど、
松本の都市文化の生き字引というか、名士として有名でした。
だから旦那さんを訪ねて、まるもには年中、有名・著名人のお客さんが全国から来ました。
でも、旦那さんは孤独な人だった。
あれだけ華やかな人脈だったけど、本当に気の許せる人は少なかったと思う。
大抵そんなものだと思うけれど。
旦那さんもそれは感じていたと思う。
従業員の私たちにはよく本音を漏らしていたから。
だから、私は旦那さんの周りの人を常によく観察していたと思う。
商売や売名行為に利用しようとして、旦那さんに近づく人はいっぱいいた。
自称教養人・文化人のお高くとまった人たち。
「出会い」だの「言霊」だの「たましい」だの「神」を軽々しく口にする人たち。
その傾向と分析を積み上げ、私はこのように偏見に満ちた固い頭になってしまったけど、
でもそれで大きく“外れ”たことはない。

まるもを止めた理由は、色々あるけど、
あそこにいると勘違いするから。
サロンの雰囲気にいい気になって、自分に何の技術もついたわけでないのに、
まるで自分自身がメインストリームの住人になった錯覚に陥ってしまう。
例えば、私は高倉健さんにコーヒーをいれたことがあります。
だけど、それが一体どうしたんでしょう。
それと私の人間性とは一切何一つ関係ない。
そういう、ひとがひとの名前や地位を利用したり、便乗したり、いやらしい情念が渦巻いている所に身を置く事が、
もう潮時だと思ったんだと思う。
そして、まるもの問題の全ては、そこにあるんじゃないかと思う。
これ以上は家庭や経営問題の干渉になるので、書きませんけど。
旦那さんに対しても矛盾を感じたり、おかしいと思うところは沢山あった。
それでも、何故か憎みきれない無邪気さが旦那さんにはあったと思う。

旦那さんを詳しく知りたい方は、「私の半生」を読んでください。
旦那さんが自らの来し方について語ったのが「タウン情報」のシリーズ「私の半生」で連載され、
それが本にもなっています。
本当は、旦那さんはそんなに満足していなかった。
大事な話があまり採用されていないと私も思う。
この連載の時も、使用する写真をFさんと探し出してきて、
「これはこういう写真ですよ、構図はこうで、場所はこういうところです、
こういう人が映ってます」と私が口頭で伝えて、
旦那さんが「ああ、それはあの時の写真だわ」と一緒に検証する作業をした。
戦時中の写真も沢山あって、当然だけど旦那さんも、戦争体験がその後の人生を大きく左右したと思う。
旦那さんには戦争中に受けた大きな弾痕が背中にあった。
死体扱いになるすんでのところで命拾いをされ、臨死体験もしている。
私はだからか、臨死体験を心情的に理解したい気持ちがどうしてもある。
この体験がその後の旦那さんの考えや信仰に大きく影響をしている。
80歳前後で、目が見えないのに、モンゴルに中国からジープで入り、
戦時中モンゴルで亡くなったというお兄さんのお弔いの旅もされた。
お兄さんの遺骨は戻ってきていない。
モンゴルの草原の中で「にいさーん!」と何度も呼ぶ旦那さんの声の収録されたテープは何度も聴いた。
あれは忘れられない。
モンゴル音楽も大好きだった。
ブッシュが嫌いで、サダムフセインを応援すると言って、フセインの帽子に似た帽子を愛用していた。

私は4人の祖父母を早くに亡くしたので、旦那さんを通して戦争体験を伝え聞いています。
私にとっての旦那さんという人物は、生身の戦争体験者でした。
このことは本当に何度感謝してもしきれないと思う。
長く生きるのは素晴らしい。
イタリアの詩人サバの
「生きることほど、 人生の疲れを癒してくれるものは、ない。」
という一文を私が好きなのは、旦那さんがとても影響している気がした。
旦那さんは中卒で、それをある意味自慢にしていたけれど、
サバも中学中退でトリエステの書店の主人をやった。
サバは第一次大戦で兵隊だったけど、パイプ姿といい、なぜか私の中で旦那さんが重なっている気がする。
と、いうことを今気付きました。
(ちなみに後年旦那さんは禁煙しましたが)

明日は旦那さんの音楽葬。
お誘いも受けたので、行きたい気持ちもあったけれど、
色々考えたあげく、行かないことにしました。
私はまるもにいた時、「私のここでのボスは旦那さんだけ」と思い、
旦那さんの奥さんには一切お目通りしないことにしていた。
双方の強い個性に振り回されて双頭状態になるのが嫌だったのです。
音楽葬に出かけないのも、
旦那さんのことで八方美人にならないことを貫いた、私なりの流儀でいい気もする。

生前私たちの前で旦那さんは「死んだらシベリウスを流して欲しい」と言っていた。
一日早いけど、旦那さんがリクエストしていた「フィンランディア賛歌」を流しておしまいにします。

旦那さんありがとうございました。
最晩年は無沙汰をしたけど、旦那さんのことは一生忘れません。
もしかすると、旦那さん、
あなたは私の青春だったのかもしれません。


与太郎 その3 追記

  • 写真の追加紹介です。

    ●前回の記事に書いた、授産施設へ陶芸のお手伝いに行った時の、
     そのお礼として頂いた彼らの作品2組(左)。

    ●直也君所有の障碍者の方による絵皿(右)。

    お気に入りです。

    okimonoezara

    与太郎 その3

    「与太郎」シリーズは今回で一旦終了(強制終了)です。
    本当はもっと書きたいこともあるのだけど、
    今のところ、それらを書くに十分な時間と精神的な余裕がないです。
    デリケートな分野なので、このまま軽はずみに書き続けるわけにもいかない気もする。

    なんだかんだ書いてきましたが、
    差別される当事者(今回は身体&精神障害者)の視点抜きに何を書いても、
    正直片手落ちな気もします。
    私は、実の兄が統合失調症で障害者手帳も有しているので、
    そのことを追い風にして、わりと“いい気になって”書くことが出来ています。
    所詮、職権濫用というか、その立場を利用しているわけです。
    これはある意味、非常に危険なことであって、
    ともすると状況を悪化しかねない類いのものだという自負はあります。

    一般的に言って、
    当事者とその家族以外の人たちが、差別問題に対して口を挟みにくいムードが確実にあるし、
    テレビのドキュメンタリーとか観ていても、
    大抵当事者を尊重するあまり、当事者側からの一方的なメッセージになっていて、
    差別をされる側・する側の双方向的な視点交換に至らない場合が多いと思う。
    (趣味じゃないので観ていないけれど、松たか子主演の「告白」という映画は、
    芥川龍之介の「羅生門」的な“事実の認識の仕方は人によって異なる”ということを描いているから、
    共感を呼んで人気になっているのかな? 憶測ですが。)

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    たとえば、現場主義っていうのがありますけど、
    もちろん現場が大事っていうのは当然なんだけど、何でも“主義”になってしまうとバランスが悪いと思っていて、
    この差別(やいじめ)の問題でも、行きすぎた現場主義っていうのにも弊害があると思うわけです。

    以前、直也君と一緒に、
    知人が職員として勤める、障害者の方たちの授産施設にお邪魔したことがありました。
    直也君には作陶の経験があるので、施設で行う“陶芸の時間”にお手伝いとして出かけたのです。
    それで、詳しいことは省きますが、
    皆が夢中になって粘土をいじっている途中でも、
    職員の方たちが、このくらいで止めさせないと商品として成立しなくなる
    (せっかく出来た形をつぶしてしまう恐れがあるため)
    と判断した時点で、「はいこれで終わりにしようね~」と言って止めさせてしまうんです。
    この部分だけを抜きだして話すと、
    「そんな無理に止めさせてしまうなんて暴力だ。健常者からの表現規制じゃないか」なんて反応が起きるでしょう。
    でも、私たちはその現場で何も言えませんでした。
    商品にして多少は販売に変えなければ(生産性のあるものにしなければ)、
    授産施設での陶芸の時間に“予算がつかない”ことを聞いていたからです。
    職員の人たちもしたくてしている訳じゃありません。
    私は、重度の知的障害者の方たちや、彼らに対応する職員の方たちの逞しさの前で、ただただ圧倒されていました。
    正直、何も言えなくなります。為す術がなかったです。
    “何か しなくてはならない・出来る”という考え自体、傲慢なんですけど。
    職員の方たち専門家の、説明に従うだけです。
    与えられた少ない選択肢の中で、優先順位をつけてやるしかないのが現場です。

    職員の方たちは、夜中に呼び出されることも多々ある激務に関わらず、
    本当に少ないお給料で働いています。
    そして少ない予算の中で活動しています。
    厚労省や政治家のお偉方にこそ「そんな作ってる途中で止めさせるなんてけしからんじゃないか」と、
    ほんと言ったら、言って欲しいですよ。
    現場の人もそう思っていると思います。
    なんなら、みんながそう言い出せばいいんだ、と思います。
    そしてそれを大きな声に変えて、
    商品になるかならないかを気にせずに自由に作れるよう、変えていって欲しいです。
    現場の人は仕事に圧倒されて、時間に余裕が持てないと思います。
    そして何でも現場主義で、現場で解決しろなんて無理な話です。
    現場だけではどうやったって閉塞感がついて回ると思う。

    差別は社会の中で、ある効果として私たちによって生み出されているのだから、
    差別と無縁な人なんて誰一人としていない。
    時間と金銭に余裕があってぬくぬくと暮らしている人にも、その人なりの差別との関わりがあるはずだから、
    「パンがなければケーキを食べたらいいじゃない」的発言でもいいから、発すればいいんだと思う。
    本当に、パンがなくなってもケーキを代わりに食べられるなら、取り急ぎいい訳だし。
    そして今の西側社会は、その預言?通りになった。

    私は「机上の空論」という発想が大嫌いで、机上が実践の現場だって人もいるだろうによ、と思います。
    ノートを紐解くと、誰の言説か分かりませんが、下のようにメモってありました。
    机上の空論という嫌悪感自体がすでに偏見に満ちている。理論と実践という語り口からすると、理論は実践的でないことを非難されるが、このとき「実践」は「目的の達成」のことに他ならず、もうすでに、理論も実践もおしなべて「道具」化されてしまっている。道具的理性が「単なる事実人」「精神のない専門家」「心情のない享楽人」を生む。
    差別にまつわるタブー感が、失速につながる。
    「全ての人が当事者である」では何故いけないのか。
    どうして発言する資格のある人と、ない人なんていう区別があるのだろうか。
    こうした行き過ぎた現場主義と実践主義は、
    更なる分断を生み、閉塞状況を引き起こし続けるに違いない。

    ちなみに、
    エイブル・アートという障害者の方たちによる美術も、一体どの程度、健常者からの規制がかかっているのか、
    正直それはわかりません。
    でも、商品として完成するということは、副次的なものであって、
    もちろん経済的自立を望む人の助けになるなら、それは幸いなことだけれど、
    作っている間の過程こそが、“表現そのもの”なんだと思うし、
    完成図からの逆算で粘土と交じり合っているような、そんな打算は彼らに一切見受けられなかったから、
    作品を途中で強制終了されてもとくに執着の様子もなかったし、
    拒絶する人はいなかったように記憶しています。
    (そのようなものと学習してしまったのかもしれないけど)
    そこが、そんじょそこらのアーティストと完璧に違って、素晴らしいところだと思う。

                   ☆ ☆ ☆

    通りすがりさんがコメントで書かれていたことがずばり図星だな、と思わせる記述とデータを見つけました↓。
    ●犯罪者に「過去に精神科への通院歴」があったという短いコメントのせいで、ひとりの触法精神障害者がすべての精神障害者を代表してしまう。そして、精神障害者の全体が、線税的(?)な犯罪であるかのように見られてしまう。
    ●また、最近は凶悪犯罪を起こした者に対して、精神科医が好んで指摘したがるが、こうした振る舞いが狂気の犯罪化を助長させている。
    ●しかし、ほとんどすべての精神障害者は犯罪と無縁に生活している。
     実際に精神障害者が犯罪を起こす率は低い。
     ■昭和61年度の犯罪白書によると、全国の成人の刑法犯検挙数は214,513人で、そのうち精神病者や知恵遅れまで含めた広い概念である精神障害者、およびその疑いがある者の合計は2,139人であり、その比率は1%弱に過ぎないのだ。では、一般人口中にどれくらいの精神障害者が含まれているかというと、昭和38年の厚生省が行った実態調査では1.29%である。よって、犯罪者の集団に含まれる精神障害者の比率の方が、一般人口中のそれより低いということになる。
    ●精神障害者が不幸な犯罪を起こすのは、発病に周囲が気がつかなかったり、診療中断によって犯行時にはまったく治療を受けていなかったケースが多く、昭和61年度の犯罪白書によると68.1%と大半を占めている。
    (サイト「セキュリティ・アカデメイア」より抜粋)


    あと今回記事を書くにあたって知った「障害者ではなく障碍者へ」という呼称の問題。
    詳しくはこちらのサイト
    “障「害」者”と呼ぶのは、同じ漢字圏でも日本だけのようです。
    中国では病の残る人「残疾人」と呼ぶそうです。
    「害」という漢字には「人を殺める」という意味があるそうで、全くの誤用だと。
    記事を書いている当初にこのことを知ったのですが、途中から知ったかぶって使うのも嘘になると思い、
    障害者で通しましたが、これからは「障碍者」を使っていきたいと思います。
    呼称は実体を生むと思うので。

    最後に、私が大好きな曲のご紹介で締めます。
    その名も「send in the clowns(直訳だと“ピエロを送り込んで”?)」です。
    この曲はミュージカルの中で歌われる曲で、
    難しい決断の直前にお茶を濁したい・一息入れたいという気持ちを歌ったものらしく、
    実際の英詞を読んでも、物語の中の曲だと思わなければ意味不明です。
    サーカスでは、曲芸が失敗した時、場が白けるのを回避するために、
    ピエロを大勢ステージに送り込みます。
    そういう意味での「ピエロを送り込んで」です。
    場つなぎっていうやつでしょうか。
    作詞したソンドハイム氏自身は、「clowns」の代わりに「fools」でもいいと言っています。
    「私たちはみな愚かなんだ」といういうことを書きたかったそうです。
    この曲は多くの人が歌っているけれど、私にとっての絶唱はサラ・ヴォーンによるもの。
    毎回聴くと泣きそうになる。

    私たちはやっぱりトリックスター的な存在に救われ、彼らは私たち自身の化身だと思う。


    与太郎

    ※書ききれなかったので、また「与太郎2」として続きを書きます。
     途中ですがアップします。
     結文まで書いて、途中が矛盾してるなと思ったら手を加えると思います。
     いい加減ですみませんが、結論が未だ自分の中にもないので、なんとも分からないのです。


    「パーソナルスペース」の記事に寄せてくれた通りすがりさんのコメントの内容を読んで、
    すぐ江戸落語における「与太郎」を思い出しました。
    (すみません、上方落語までフォローできていないので「江戸落語」と限定して書きます)

    私も、落語を道徳の教科書のように感じているところが多分にあって、
    それでいつか、
    ある噺家さんのサイトの掲示板に、私の落語に対する思いを書きこんだら、
    噺家さんから「落語は頭で難しく考えたらいけませんよ。」
    とたしなめられたことがあります。
    当代で1番好きな噺家さんからだったので、いやもうおっしゃる通り、その時は本当にがっくりきました。
    お笑いを云々しているくせに、お笑いを語ることばが笑えないなんてぇのは、
    ケチな話じゃねぇかいってことです。

    お笑いについて語る事・弁明?すること自体を、笑いにかえるというのはなかなか難しい。
    だけどそうでなければやっぱりおかしな話だと思う。
    プロの人でも、出来ている人は少ない気がする。ともするとすぐ説教や教訓になってしまうので。
    私にも勿論出来ないので、結局笑いをつかまえようとしても、
    かえって遠のいてしまうということが起きている気がする。
    そのことを噺家さんから教わったんだと思います。未だ改善できてはいないんですけども。
    以来、落語を“有益な教訓”みたいに思っている自分って駄目だなぁというか、
    そういうところが自分は気に食わないなと思ってきました。
    笑いにまで生産性を求めている気がして。
    ---------------------------------------------------------------------------------
    (つづきはここから)

    ただ、
    “落語は業の肯定である”(立川談志師匠の弁)というのなら、
    赤塚不二夫の“これでいいのだ”も同様のことで、
    笑いとは業の肯定のような気がするのです。それは考えすぎではないんじゃないか、と思う。
    このことは何度も書いていますけど。
    無関心の中では笑いは起きないものです。笑うこととは相手を注視すること。
    目をそむけては笑うことは出来ない、そんな風に思います。

    落語の中に出てくる登場人物の1人、与太郎を、知的障害者か精神病の人だと解釈する人もあります。
    そういう視線から、江戸落語における与太郎への愛情ある描写に対して、
    【A】「昔はそういう人に対しても思いやりがあった、
    周囲の人が暖かく見守っていたんじゃないか。昔は良かった...」

    なんていう意見があります。はたまた、
    【B】「与太郎噺は差別につながるから自粛しろ」
    なんて極論に至る方もいます。
    でも、それらは曲解だと思います。
    こういう人は落語をれっきとした文化だと思っていない気がする。
    ただの昔話か道徳の教本としてしか理解できていません(これは私自身の反省から)。
    いわゆる“いい話”だけの薄っぺらいものなら、落語は絶えていると思います。
    デジタルな“意味=教訓”だけに還元できない部分があるからこそ、面白いし、
    落語にはリアリティがあるんだと思うのです。
    落語は、神話なんかに通じる、象徴世界だと思います。
    ノンフィクションとは違い、具体的な問題提起をしているわけではないですが、
    広く普遍性が描かれている世界だと思います。

    確かに与太郎は、のんびりマイペースで、不器用そうです。
    だけど与太郎がなぜ愛されているのかと言えば、「のんびりでマイペースだから」だけの理由じゃありません。
    洒落が上手くて、タイミングが絶妙で、もしかすると禅問答かと思うような、
    言葉に対する気点を持ち合わせているからです。
    ツッコミをうながすための絶妙なボケな訳です。
    与太郎によって、目の前の世界が単一な世界でなく厚みを持ったものに変わる。
    周囲の人が与太郎から学ぶ部分があるから、大事にするんだと思います。
    むしろ、与太郎はわざと馬鹿に見せてる、と談志師匠は言っています。
    いわばトリックスター。非生産性の象徴だ、と。

    上の【A】や【B】の意見に対して、プロの噺家さんで
    【C】「何言ってんだ、与太郎みたいにあんな洒落のわかっているのが
      知的障害や精神病であるわけがない。本当に病気だったら笑えないよ」

    と言う方がいます。少なくともこの発言が差別であることは間違いなさそうですが...。
    どちらにせよ、
    私はこの【A】【B】【C】の意見どれもが、いたって腑に落ちないのです。

    この場合、精神の病を持った方に対してに限定しますが、
    私たちははっきりと専門の医師から精神病だと既に診断された人だけに、
    病的なものを感じるわけではありませんし、
    こちらに病気の専門知識がなければ病気だとみなさないかと言えば、そんなことないと思うんです。
    科学的にはっきりと確定していないことなのだから病的だと感じるな、と言われても、
    そんなわけにはいきません。
    「動物的な感=危機管理能力」が、他人の心の病に対して敏感にさせているのだとしたら、
    これを否定することは、極端に言えばそう感じる側の尊厳?まで否定することにつながりかねません。
    だから簡単な問題ではない、と思います。

    少なくとも統合失調症は、主に思春期にしか発症しないことなどから、
    生殖期における異性※との関係のトラブルやストレスが病気の原因になるとされています
    (母親や父親との関係の難も異性との関係です)。
    このことは種の保存の観点から言っても懸念事項になりますし、
    この種の病気をタブー視する傾向とて、もしかすると、
    既にヒトという動物に搭載された「種の能力」なのかもしれない。
    ※ヘテロセクシャルの方たちだけではないので、この場合感情的な意味での「異性」ということします。
    また同時に、これはとても大事なことなのですが、
    精神病理学の木村敏氏が言うように、
    精神病になるということもヒトに搭載されている「死からの回避能力」である、
    危機管理能力の1つである、ということなのです。
    誰彼にもこの能力は搭載されているんです。
    だから他人事ではないんだ、それは私の考え方の基本でもあります。
    実際、発症者が肉親にいるわけなので、
    私にも精神的な病気を発症する要素があると思いますし。
    もしかすると、私の中学生時代にその兆候の1つはあったのかもしれません。

    とにかく、与太郎が病気かどうかなんて、どうでもいい話だってことです。
    江戸時代に落語の基本は出来ていますし、江戸時代の精神病理学は今に比べて、実に拙いものでした。
    (江戸時代、確かに家庭での保護観察が主だったみたいなので、極端に排除されていたようではないみたいですが)
    当時は、オカルティズムの要素が大だったと思います。
    どうせ、八つぁん・熊つぁんはおろか、町の賢者たるご隠居だって、殿さまだって、
    病気のことなんて何ひとつわかっちゃいないんです。
    今の西洋医学の病気の認識と落語の世界は重なりようがないんです。
    だから、与太郎の描かれ方に対して、病理学的にどうのなんて問う必要がないってことだと、
    これを書いてて思うに至りました。

    ただ、時代が変わろうと変わらない確かなこと、
    つまり与太郎が持つ現代的な意味とは、
    それは与太郎が非生産性の象徴として大事にされている、っていうこと、
    これだけは事実じゃないかと思う。
    だから、古典噺だって、今この瞬間に、笑うことができるんでしょう。
    それで思うのは、与太郎が象徴であるならば、他のものも代替可能だと。
    (上方落語では与太郎的な滑稽な存在に「喜六」という登場人物がいるみたいです)
    象徴ということは、私たちの心が求めていることであり、その投影であるわけですから。

    脱線するのですが、私は暴力団の資金源になっていることは問題だけど、
    賭けごと自体は力士に相応しくないとは思えないのです(非常識かしら)。
    刑法185条の賭博罪は
    賭博のような、偶然の事情に依存して財物の得喪(得失)を争うことは、射倖心(しゃこうしん==思いがけない利益や幸運を望む心)をあおり、社会の健全な風俗を害する恐れがあるため、違法とされ、刑罰が科せられている(ただし競輪や競馬・競艇等は例外)。
    ということらしいです。
    この「偶然の事情に依存して」とか「射幸心(初めて知った言葉です」というくだり、
    これはある種の土着信仰には、少なくとも存在する要素じゃないかと思うのですが...。

    お金をおもちゃにするというか、お金を遊ぶというのは、
    どこか神的な存在の行為のような気がして、神事と全く縁がない気もしないのです。
    私が地区の区長をした時、神社のお祭りや消防の分団の飲み会に、
    無意味なウン万円のお金や、清酒を納めたことがあります。
    これは今まで町全体でしてきた古いならわしで、
    それらがただ飲み代になって無駄に消えていくことはわかっていましたが、
    この世の等価変換とは違う関係、それがお供えの本質だと思っていたので、
    私は、全く抵抗なく会計から支払いをしました。
    (ただ、そのお金が買春などに使われてきたこともあったでしょうから、
     女性としてそれには断固反対したいし、風俗産業の儲けになる事になるので、
     やっぱり当人たちだけ詰め所や社務所に集まって、飲み食いしてパーっと蕩尽・使いきってもらいたいです。)

    お金が非生産的な価値のものに変わる、それは今の世の常識を超えることだと思います。
    野球賭博で、自分や暴力団のもうけ、つまり生産性の追求に転嫁させてしまったこと、
    ここが私には問題だなと思いました。
    神様が、常識人とか経費削減のプロと同じような発想をするとも思えないし、
    なので、賭博が神事である相撲の力士には相応しくないという理由なら、ちょっと抵抗があります。
    相撲が人気商売でプロスポーツだから世論に合わせるしかない、という理由ならしょうがないですけど。

    非生産性を生産を尊ぶ社会から見ると、
    見る人によっては高貴なものに思えたり、反対に卑しいものになったりします。
    ホームレスの方たちに対する考え方も同様に、はっきりと二分しているように思います。
    このように、肯定もされ同時に否定もされるような両義的な境界に立つ存在を、
    私たちは「聖なるもの」と感じたり畏怖の念を抱くんじゃないでしょうか。
    排除という発想は、それが完全に外部のものだという認識の上では起きないと思う。
    自分たちと親和性があって内と外とを往来するものだから、「完全に外部へ」と排除したくなるんだと思います。
    内意識という縄張り意識によるものだと思います。

    昔、ダウンタウンの松本さんが教師に扮したドラマの中で、
    「いじめはなくせない。だからこれからは、いじめを当番制にします。」
    というくだりがあって、衝撃的だったのでよく覚えています。
    いじめの対象者を順番に回して、自分の身が聖になったり俗の存在になったりすることによって、
    聖と俗の概念を日常に変質させ、いじめ自体に飽きさせて、
    いじめを、もうケの発散や爆発に適した場所ではなくさせるというような話だった。
    でも結局、どこかで発散や爆発の場所が別に必要になるから、
    また違う差別を生んだりすることには変わりがないようにその時思いました。

    人の身に起きる不条理な出来ごとの説明や意味付けに、「聖なるもの」が役割を果たしてきたことを考えると、
    科学が「聖なるもの」に代わって説明をしてくれる現代は、少しずつ変わってきたとは思う。
    けれども、「なぜ2番じゃだめなんですか」という言葉に反発を覚えるような、
    世界でも有数と言われている科学者の内(輪)意識だって、どうも私のと比べて大差ない気がするし、
    一体どれだけの科学の知識があったら、「内」意識が薄らぎ、「聖なるもの」を必要としなくなるのか想像もつかない。
    とりあえず、内と外の意識を撤廃することは難しいから、ただもう、内の世界を拡大していくしかない。
    「外部」をひたすら取りこんでいくことで、外部を小さくしていこう。
    そういうむしろ善意をも含んで、数々の戦争や、植民地政策や帝国主義も行われてきたという気もします。
    だから、教科書問題みたいに、相反するような歴史見解も生まれる余地があるというか。
    (私は聖戦のように、何がしか戦争を肯定する考え方は非常に苦手ではありますが。)
    けれど「内」を強固に保持していくには、強固な「外」がなければならないから、
    量的に数は少なくなってはいるものの、
    「外」は質的には依然恐ろしいものだという仮想が繰り返し行われているのが現代なのかもしれません。
    だから「核」の時代にいるんだ、と。

    (つづく)

    ※すいません、コメントに応対する時間が取れないので、
     「与太郎2」まで書ききってからコメント欄オープンさせてください。

    通りすがりさんとのやり取り

    ※追記を加えました。

    前回の「パーソナルスペース」の記事に、通りすがりさんからコメントを頂きました。
    コメントを受けて、続けて書きたいことができたので、
    通りすがりさんとのやりとりを改めて記事に起こします。

    通りすがりさんのコメント
    遅い時間に失礼します。パーソナルスペースの話を読んでいたら、エヴァンゲリオンの思想的根本にある「人類補完計画」を思い出してしまいました。(決してアニヲタでは無いですが)森さんはアニメ見ないかと思いますが、変な例えでゴメンなさい。あと、パーソナルスペースを突き詰めると、会話や商談などの際に距離を保ってくれるテーブルが、いかに重要かって話にも繋がりますね。家族や恋人ならば、小さなテーブルに身を寄せ付ける距離でもためらいは無いですが、相手が初対面の商談相手や自分より社会的地位が大きいと感じる相手、又は生理的に苦手な相手ならば出来れば大きいテーブルで、物理的に距離を離せないと安心して話がしずらいという感覚。だから物理的に遮断していたテーブルが、もし突然消滅したとしたら、相手との距離感を計れなくなって、普通にできていた会話が出来なくなってしまう・・・。
    解釈がズレていたらゴメンなさい。しかし、これらは1サラリーマンの自分にとっては割と重要な事でもあり、逆にだから自分は大成しないのかな?とも思います。なんか、たまに森さんの文章を読むと自分の卑屈さをガンガン突かれる気がしてつい書き込みしてしまうんですよね。

    それから、精神障害者に対する距離感・・・というより畏怖感!まさにソレですが、自分は頭では理解しようとは思いますが、かつてマスコミで広められた「障害者=天使」みたいなレッテルも嫌いでしたが、 昨今の精神障害者による凶悪事件の度に、「〇〇容疑者は精神病院に通院歴がありました」って最後にさらっと付け加えるだけで、報道としての主体は放棄して視聴者に丸投げするスタンス。当たり障りない態度に徹したつもりでしょうが、あれがいかに偏見を助長していることか、、、。大昔の、キチガイには同情しつつも哀れみ、時に侮蔑する存在で、何かトンでもない事件をやらかしたところで、「しょうがねぇよ」で世間が済ませていた時代が健全とは思いませんが、日本人が「穢れ」の精神構造を払拭できない以上は、障害者に対する畏怖感差別感は単に啓蒙するだけでは無理だと思います。自分はそれらを否定できません。自分自身が精神障害者に対する畏怖感や差別感、優越感を払拭できそうに無いからです。だから日本人は・・・全く。

    当方のコメント
    私は絶対端っこに座りますし、お偉いさんの横には絶対座れません。試されるような場所からは出来るだけ逃げます。概して、大成している人は私はあんまり好きじゃないです。

    障害者の問題は、通りすがりさんが書かれているように、そこらの精神論で語ってはいけないと思います。いじめや偏見や差別を、私は必要悪という考え方は嫌いなのでそのようには言いませんが(むしろ「悪」とレッテルをはることは所詮自分とは無縁なものと退けてしまうことでしかないし)、そういう感情の存在を認めないといけないと思います。誰でも持ちうるものであり、そういう感情にも理由はあると見ないと、マズイと思っています。
    私が大嫌いなのは「思いやりを持って、世の中をよくしていきましょう!」的な、実は何にも言っていないくせになんか言った気になっている人です。具体的に何すんのさ?エラソーに、と思う。私には他人に対してこういう心を持ちましょうとか干渉してくる人にも、また違う暴力を感じます。少なくとも行政が施策をしっかり行うこと、最低限のこれをしていい・これはいけないという障害者の側から提示されたルールを浸透させること、それを基本やればいいと思います。

    私が荘子とかの東洋哲学がいいなって思うのは、「このように振る舞え」と言っても、「このように思え」と厳密に言わない所です。精神的な干渉が少ない所が、自由度があって好きです(西洋哲学は厳密過ぎてしんどかったりします)。いわゆる、その振る舞いを身につけることによって、自ずと精神面をも整わせるというやり方ですよね。もしかすると武道なんかはそういうところがあるのかもしれませんね。日本の形式主義も、こういうことの名残な気もして。キリスト教的道徳の普及により、ただ形式(型)が残っただけというか。いきなり精神論ではなかなか日本は?難しいでしょうから、対障害者に関しても「良質の型」を、まず手に入れるべきだと思います。

    そして、別に障害者の人だけに差別や偏見を抱くわけじゃなく、例えば大金持ちに対してだって抱きます。羨望と軽蔑は同じだと思うのです。どういう人に対してそういう感情を抱くかなんて、厳密に言えばひとそれぞれのはずです。ただ、障害者は自立しにくいハンデがすでにあるので、それに加えて差別や偏見では多重苦もいいところです。多重苦ということ、それがこの場合問題なんだと思います。

    だから、特別わかりやすい形で私たちが障害者の方に偏見を抱いてしまうとしたら、結局彼らがこの社会の中で“生き難そうに見える”からじゃないかと思います。ならば裏を返せば、この偏見というものも、この社会の冷たさや悪政に対する“鋭敏なまでな感受性”だと言いかえられる気もします。偏見をプラスの方向に転換することの可能性は既に内包されているとも言えるのではないでしょうか。


    この続きで記事を書きたいと思っているので(いつアップするか未定ですが)、
    続きが書けてからコメント欄をオープンします。

    通りすがりさん、ご協力ありがとうございます。

    ※追記
    「キチガ○」という表現は、そういえば差別用語だった気がします。
    ゴダールの映画の邦題も「気違○ピエロ」から、今では「気狂いピエロ」になってしまったとか。
    なのですが、かつての過ぎ去った「価値観」を語る中で、あくまで当時の例えとして使われている文脈を尊重するのと、
    決して通りすがりさんが正義の側から語っているわけでない事は明らかなので、
    このまま記載します。

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