ノ ー ト

好 き な 読 書 を 中 心 に 考 え 中 を 記 録 す る ノ ー ト

2011年06月

私の書く

昨日、娘と中嶋君と3人で図書館で遊んでいたら、
見つけた八木重吉の詩。
 

うつくしいもの

 
 わたしみづからのなかでもいい
 
 わたしの外の せかいでも いい
 
 どこにか 「ほんとうに 美しいもの」は ないのか
 
 それが 敵であつても かまわない
 
 及びがたくても よい
    ヽ ヽ
 ただ 在るといふことが 分りさへすれば、
 
 ああ ひさしくも これを追ふにつかれたこころ

これは河井寛次郎の詩「手考足思」にも通じていて、とても感動してしまった。
八木重吉は、あまりにもキリスト教的道徳心を感じさせる詩があったりするので、
詩集を持ってはいなかったけれど、やっぱり早めに求めた方がよさそうだ。

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昨日、ある方からブログの感想を聞く機会があったので、
今日は私にとっての「書く」について少し書いてみます。


今のところ私には、
多くの人にとって有益な情報を発信できるほどの体力も能力もないので、
自分がブログで書く事は感想文でしかないと思っている。
なのでいっそ、敢えて『情報性が無く(といっても、言葉には無限の情報が含まれていますが)』、
『検索で引っかかりにくい記事』を書こう、というのをどこか目標にしていたりする(これは多分、夫婦で)。
(そういう記事の性質だから、コメントも付けにくいだろうし、実際コメント欄の書き込みも少ない。
自分でも「この記事はコメントがついたとしても内輪で盛り上がるだけだろうな」
って思うような場合などは、コメント欄は閉めることにしています。
内輪で盛り上がっている様子を公開するのは趣味じゃないからです。)


今日はネタバレのように書きますが、
かつて小説家志望だった時の未練がましい癖のようなもので、
こういうお作法で文章を書きたい、という明確な意志が私にはあります。
まず「固有名詞」をなるだけ書かない(最近は崩れつつあるけど、ブログ当初は真面目でした)、とか。

今回は固有名詞全開でいきますが、
かつて、編集者の松岡正剛氏が
「主題で繋がるのではなしに、述語で繋がっていく在り方」を示唆したことに、
とても感銘を受けたりして、さらに小説家の安部公房は、
「読者の生理に訴えるために副詞を廃して書く」と言っていて、
まだ副詞を廃して書くということは全然出来ていないんだけど、でも、
安部公房の
「“キラッと光った”って書いてしまうんじゃなくて、1度しかない光り方があるはずなんだ。それを描写したい」
という姿勢は、私の頭から去ったことがないのです。

これはよく引用する、リルケの、
「あなたが見るもの、体験するもの、愛するもの、失うものを、
 最初の人間になったつもりで言い表すようにしてごらんなさい。」
にも通じている気がする。


昨今、プチ断食が流行ったり、
ある浪曲師の、毎月断食の日を決めて実行する理由が、
「断食で感覚を再びブラッシュアップしたいから」だったりするのと同じで、
文章から固有名詞だったり、副詞だったり、何かを断じてみると、
かえって、表現は自由になったりする。
ブログでは、その実験をやっている感じがあります。


とはいえ、目下の私には、
完全に1人で自宅にいられるのは1日の内、最大2時間。
そしてその2時間をPCで文章を書くことに充てられる日は、
昨日のカレーが残ってて晩御飯を作らなくてもいいとか、
洗濯物が乾いてなくてたたまなくていいとか、
そういう特別な日だけです。
2時間丸々ない時は、一切ブログ投稿ページも開かないし、
書きかけの記事があっても一切、手をつけません。
夜中まで寝ないで残業みたいにして書くのはできるだけしない。
誰からの要請もない文章を書こうとしている訳なので。
敢えて言えば、自分からの要請だけでしかない文章です。
でも、夜更かしするとしたら、早く書いて終わらせてしまいたい時です。
後はとにかく、機が来るのを待ちます。
安部公房も
「小説っていうのは待つことだよ。登場人物が動き出すのを待つ」と言っているように。

だから1度ちょっと書きはじめたものの、2週間後に完成というのはよくあること。
でも、毎日少しずつ手を入れるということはなくて、だいたい2回で書くようにしています。
記事に縛られる感じが嫌なので。
PCに向かわない時は、その記事に関しては何も構成したり考えたりはしないです。
まるで連想ゲームみたいな感じなので、
そこに書いてある言葉の字面を見ないと実際何も連想出来ないからなんです。


例えば、前回の記事は、記事にしたその日に
「直観」と「重層的」と「ボリューム」と「偶然はない」という単語が心に浮かびました。
その日は、その言葉だけをよく覚えておきます。
なぜ浮かんだかはその瞬間には自分でもよく分からないからです。
文章を書くのは、どうしてそれらの「単語」が浮かんだかを紐解いていくような作業になります。
脳科学専門の池谷裕二さんなんかに言わせると、
「脳は意味の後付けをしているに過ぎない」のかもしれないけれど。
これまた安部公房なのだけど、安部公房は、
「小説の起承転結の順番にアイデアが浮かぶ訳じゃない。だからとりあえずメモする。構成と編集はあと」
というようなことを言っています。

アイデアは時系列順に都合よく思いつく訳じゃなくて、でも思いついたっていうことには、
かならず連関がある、と私は信じているので、
心に浮かんだ単語を元に、どうして自分はそれを思いついたんだろうかっていう謎解きをしている感じです。
これがとても面白いんです。
前意識の声を聴く、という感じがして。

大好きなアイスフィギュアスケーターのジョニー・ウィアー氏が、
”自分は氷の上ではソウルに従って行動しているから厳しいけど、
氷の外では、ハートによって行動しているからフレンドリー。”
みたいなことを言っているんだけど(その記事はコチラ)、
それにちょっと似ている気がするんだけど、

自分が文章を書くと陥る感覚というのは、
私が作っている私からすると、心に浮かんだそれら単語を「帰納的」に理解していくんだけど、
私を作っている<わたし>からすると、「演繹的」に私へ個々の単語を与えているような感じ。
(※私を作っているわたし
私が作っている私からすれば、個々の単語を元に、帰納的に書いているんだけど、
でも実際、私を作っている<わたし>の総合的な感覚が、
私に個別の単語という暗号を与えてくれているという実感の両方を、
書いている時に感じることが出来るっていうことです。

まー、いかんせん数学が苦手なので、きっと論理学は理解できないので、
あくまで観念的な思いつきに過ぎません。
でも、書いていて矛盾に気付いて考えを改めるということはよく起きます。
ハートの私は間違えるけれど、魂の<わたし>は間違えていないことがあるので。


以前「再現性としての『理解』とは別に」 って記事でも書いたように、
この世にはヴァーチュアリティとアクチュアリティとリアリティの、少なくとも3様態があって、
そのどこにもこの<わたし>は存在している。
その3様態を行き来するのが、私にとって「書く」ということかな、と思う。
どの<わたし>が欠けても私は存在しないので。

最後に、
ハートと魂(私はこの単語が苦手で普段は使わない)で分かれているうちは、
やっぱり未熟だってことだろうなって気はする。
書く事で、それらがイコールになるための練習をしているのかもしれない。
実際、ブログをかき出してから、考えは整理出来てきた気がします。

今日はざっと1回で書きました。



先生2 ~ 単層から重層的に

私はそういうつもりで書いている訳ではなくても、
「全ては偶然ではない」と考えたい人の中には、
陰謀論の類が大好きな人も多くて、
それと混同されることもあるでしょう。

ただ私は、少数が多数を操っているような、そんな考えはどうも苦手なのです。
「前衛」対「後衛」という前世紀的な構図が、しっかり頭に染み付いた人が、
“真実に気付いている自分は少数派=前衛だ”なーんて自惚れるあまり、
「少数」対「多数」という発想パターンから抜け出れなくなっているんじゃないか、
と思ったりもする。

陰謀論にはいつも、ピラミッド状のヒエラルキーの構図が前提にあって、
そこは、全てがトップダウン的にしか作用しない世界に見える。
「1人の人間は所詮歯車でしかない」と腐って考える奴隷根性みたいで、
あんまりいい気がしない。
そんな一方向性だけの世界って本当にあるのかしらん?
自然界はこうも相互作用的なのに?
そして、
結局その「トップダウン」が理屈として成立するからには「頂点」と「中心」が必要なはず。
頂点と中心は、あくまでヒトの心が生む幻想であって、
「道をもって観ればものに貴賎なし」の心でいけば、
陰謀論に陥るのは、貴賎の意識があることを表明しているようなもの、
じゃないのだろーか。


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6月1日、歯医者さんに行った後、
まゆみさんが通っている絵の教室に見学に行かせてもらった。
まゆみさんから話を聞くにつけ、娘にその教室に通ってもらいたかったので。
そしたらなんと、ちょうどその日は園児クラスが開設される「初日」だった。
これも偶然ではないのだろう。


今春より娘は保育園に通っていて、
だからこそ保育園と並行して、別の「教室」に行かせたいと思っていた。
学ぶ場所が1つで、1つの価値観&仲間にしか触れられないのは息苦しいし、
そういった閉塞感が精神衛生的にとても危険なことを、自分で体験済みだから。
正直、それが絵の教室だろうが、音楽の教室だろうが、ジャンルは何でも構わなかった。
娘は絵がうまいんだけど(親バカ)、でも、
「絵画教室でその才能を伸ばしてやろう」とかそういう思惑からではないのです。

しかし、私にとって“世間(学校)の言うこと”と“父の言うこと”が、
あまりにも乖離していたので板挟みになり、
結果、そのどちらをも疑うようになる、ということが起きたように、
複数の異なる価値観の前で、娘が混乱するということもあるかもしれない。
けれど、この世に生を受けたからには、
「この世に生まれてきてよかった」と娘に思って欲しいのだ。

しかしながら、この「この世に生まれてきてよかった」というのは、 
ただ安楽や快楽の享受だけによって発される言葉ではないはずだ。
そんなものは、あくまでこの世の一部分でしかないから。
「この世」を全体としてとらえなければ、
本当の意味で「この世に生まれてきてよかった」なんて感慨には至れないのなら、
やっぱり娘には、この世の苦しい部分も学んでほしいと思う。


漱石は自分の奥方を馬鹿にするような人物だったので、
本当は好きじゃないんだけれど、
先の「住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。
 どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。」
であるならば、むしろ、
この「どこへ越しても住みにくい」という生き方は、
この世を、「住み<易い>ところ」と、「住み<難い>ところ」とに分断しない生き方
全体を生きる生き方とも言えるんじゃないだろうか。

「貧富の差(南北問題を代表とする)」や、
「農村と都市/地方と中央」といった対立項を超える、
「道をもって観ればものに貴賎なし」の精神性につながる生き方なのかもしれない。
本人はそうとう辛いかもしれないけれど。


けれど、今の私は娘に、「同時性と非同時性」ということを話してあげられる。
かつての幼い私には誰も話してくれなかったことだ。
この「同時性と非同時性」とは、シナジェティックス研究所の梶川泰司氏が使っている言葉で、
私には超ド級の画期的な言葉だった。(例えばーー「(続)非同時性」を参照のこと)
これと、同氏による、
「仕事と職業は完全に一致しない(※「テクノロジー」参照)」という言葉があれば、
大抵の失意は絶望にはならない。
というか、〝絶望も希望の一形態である(安部公房の弁)”ということもわかるだろう。


とにかくそんな色々な思いが、
娘にとっての“別の教室の存在”を中嶋君と私に検討させたのでした。

娘が絵画教室の“園児クラス”に参加させてもらっている間、
中嶋君と私は、
北澤先生(美術家であり、まゆみさんの絵の先生です)に鉛筆を使わせてもらった。
鉛筆を削るのと、線を描くのを少し教えてもらう。

まゆみさんから聞いてはいたけれど、
北澤さんの発する言葉がスゴイ。
スゴイというのは結局、“逃げた”表現だけれど、
でも、北澤先生の言葉は“含蓄がある”とか“深い”とか
言い換えて形容してみたところで、
そんな優等生的表現は感動から距離があり過ぎるのだ。それは高慢。
高慢になるくらいなら、まだ卑怯だと言われる方がいい。


本当にメモすればよかったと思うような“北澤語録”。
この日私たちが線を描くのは「剣道じゃなくて、チャンバラで良い」とか
(これを聞いてずっと「木枯らし紋次郎」の
〝画期的なリアリズム”と評された殺陣のシーンを思い出していた)、
「(描いて行って)成り立ったものをどうするかっていう世界」
(「成り立った」ということが偶然でないとしたら?なんて思った)
「ガラスのこちら側だけ拭いてもさ、向こう側の汚れが見えるでしょ」
「自由に書きなさいってことは誰にも言わない(子供にも)。」
(“自由”には基礎が要るってこと)
デッサンの練習は、
「火をおこすのと同じなんだよ。500回目に火がついても、499回までは火はつかないでしょ。
それがわからない人が多い」
などなど...


線を描くということは、絵を習うこととは、恐ろしいと思った。
1本1本が自分を表しているのだ。
火がつこうがつくまいが、全ての記録。
火がつかなかったことの記録であり、火がついたことの記録であり...
多分、刃を砥ぐことと似ている、と過去の自分の経験で一番近いものを思い出す。
あの、全ての砥ぎで受けた作用が、あますことなく刃の形状として現れることと似ていて...


例えば言葉は、1部の詩歌を除いて、字面がそのまま景色である、なんてことは起きない。
(私の好きな詩人の詩は字面が景色になっているんだけども)
いつも言っているように、言葉には“和音”がないけれど、
(つまり、同時に複数の異なる単語を存在させて、新たに別の1つの概念を生む、
ということは出来ないということ)

線は即座に、景色‐和音‐ボリュームにつながるのだ。
特にデッサンでは、
例え消しゴムで線を消しても、完全に消し去ることは出来ないように思えた。
過去に引いた線はそこに残り、上書きされた線に確実に影を落とす。
「ボリューム」とはパソコン用語では
連続した記憶領域のことを意味するらしいと初めて知ったけど、
ボリュームと記憶領域、なんかしっくりする気がする。
描かれた線は触ることが出来る自分の考えや心、そんな気がした。
そして「過去」も「現在」として紙の上に現れること
(それがボリュームってことなんだけど...。)

つまり絵を習うことは、
単層的ではなく重層的なはたらきを学ぶこと
なんじゃないだろうか、と思った。


その日、
その絵画教室の、新たな講座や企画についてのパンフレットを頂いたのだけど、
それを見せてもらってまゆみさんがすぐに、
「(自分の)ブログで紹介してもいいけど、上手く伝わらないと嫌だから...
こういうのって難しいでしょ。
だから(パンフレットの内容の)HPがあれば、それを紹介すればいいんだけど...」
というようなことを北澤さんたちに思慮深く言った。

直観というのは、決して直情(径行)とは違う。
世間では誤解されているように思う。
一瞬にして重層的な配慮や考えが出来ることを、「直観力」と呼ぶんだろう。
そう、まゆみさんを見ていて感じた。

直観は、過去を余すところなく現在に表現する力、なんじゃないかしら。

例のアニメ「カンフーパンダ」のウーグウェイ導師のセリフに、
「昨日とは過去の物、明日とは未知の物、今日の日は儲け物、それは天からの贈り物」
というのがあったのだけど、
 元の英語のセリフでは実際こうだ↓。
 "Yesterday is a history, tomorrow is a mystery, but today is a gift.
That is why it is called the present."
本当は導師は「“天から”の贈り物」だなんてことは言ってなくて、
むしろ、
「今日の日はギフトです。だって現在形のことを「present(プレゼント)」と呼ぶでしょう?」
っていう方が近いと思う。
1つの言語内で充分に真実は語れる、という絶好の例。


この日は、歯科医師の先生と、北澤先生と、
娘の「園児クラス」の先生である仁科先生とまゆみさん
という4方の「直観力」に触れて、とんでもなく刺激的な1日だった。
「もしかしたら今日会ったこの人たちは、
分類したら、同じ人間である私ではなく、
むしろ野生動物の方が近いと言えるんじゃないだろうか。」
なんて考えていたら、中嶋君が、
「世の中のろくでもない大人だけじゃなくて、
あんな大人もいるんだってことを、情報として知っているだけでもすごいことだけど、
(娘が今日の4人を)直接知っているってことは、(娘の人生にとって)かなりのことだよ。」
と言っていた。


多分、四の五の言っても、
これがこの日の総括でしょう。



原爆のうた

※リンク追加しました。

橋本公氏による、映像↑
1945年から1998年までに行われた核実験を音であらわしたもの。
わたしたちがいかに核に対して無批判できたか、の旋律。
核実験をする側からしたら、福島の危機なんてどーでもいいのかもね。


●<「核実験・核による被害」
「大気中核実験による1960年代ヨーロッパの放射能汚染の値(雨水など)は
現在の関東地方の汚染状況の100倍だった」
という記事もネットで見つけた。
2000を超える核実験によって、世界中が放射能で汚染されているんじゃないだろうか。
もう、逃げ場はないんだ、と改めて思う。


「松本市における空間放射線量測定結果」

 


先生1 ~ 単層から重層的に

「この世に偶然などない。あるのは必然だけだ。」と言う人がいる。
それが真実なのかどうかという追求とは別に、
まず、「偶然はない」ということを前提にしてみたのなら。


そうしたら、
それが“前提である場合”と“ない場合”では、
まるで全てが違って見えてくる。

まゆみさんに歯医者さんを紹介してもらって、
6月1日の日に、
まゆみさんの住む町の、ある歯医者さんを訪ねました。
娘の虫歯がかなり進行しているのと、
娘の歯のかみ合わせのことでおうかがいを立てたのでした。

実は今まで、娘(現在4歳)は歯科検診というのを生まれてから1度も受けていない。
行政から案内される幼児健診は、徴兵検査か検閲のようで恐ろしく()、
過度の心労となった10ヶ月健診を最後に、受けるのを拒否してきた。

それを拒否することは当時の私の精神状態から言って、必要なことだったんだろうとは思う。
けれども、それが1つの現実逃避であったことには変わりがないし、
娘の虫歯を進行させたのは、
歯科検診まで拒否してきた経緯もそれを後押ししたんじゃないか、と
自責の念が絶えなかった。

漱石の「草枕」だかに出てくる、
「智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい。」
とは、よく言ったものだと思う。
娘と自分双方の、心身の健康を導き出そうと意図したつもりが、
あちらを立てればこちらが立たず、結局は何かが至らない。
本当に不甲斐ない思い。
でも、
そういえば、上の漱石の言葉はこうも続くのだった。
「住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。
どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。」
と。
私には、こうしてブログで「書く」くらいのことしか起きないけれど。

娘が病気で床に伏せている時は、
アニメーションのDVDをレンタルしてきて観ることが多いのだけど、
最近見た「カンフーパンダ」は本当に良かった。
よく、文化の違う米国人が、
東洋思想をちらばせながらこんなエンターテイメント作品が作れたもんだと感心する。
カンフーの本場中国でも評価は高く、
中国政府の顧問委員会さえもが
「“なぜ『カンフー・パンダ』のような作品が中国で製作されないのか”というテーマで討論を行った」
とのこと。

ちなみに、「この世に偶然はない」というセリフは、
このアニメーションの中で、カンフーのウーグウェイ導師(ゾウガメ)も言っていたこと。

ならば、まゆみさんから紹介してもらったこのタイミングで、
(まゆみさんは実際自分で試した医者しか、他人には勧めない)
娘の初めての歯医者さんがあの歯医者さんだったことは、
偶然でないのかもしれない。


その歯医者さんは、
恐怖で泣いている娘の口に何を入れるにしても、娘にあらかじめ触らせてくれた。
「痛くないでしょ?これならお口に入れてもいいかな」と、その都度。
虫歯の進行を止める薬も、娘が嫌だと言ったら、何もしなかった。
奥歯と前歯がだいぶの虫歯なのだけれど、虫歯の状態を確認しただけで、
なんの治療行為もなかった。
今の娘の歯の状態の説明と、今後の見通し(2年先くらいまでの)を話してくださった。
とりあえず半年に1度健診を受けることで話はついて、
最後に、
「何かあったら、電話でも良いですから何でも聞いて下さい」と先生は言う。
医者で「(診察を受けずに)電話できいていいですよ」と言う人に、初めて対面した気がする。

(ちなみに米国には、日本の国民健康保険というような制度はないけれど、
子供の病気に関しては、電話診療や電話相談の無料サーヴィスが普及しているそうで、
その子が“病院に行く必要がある状況なのかどうか”などの判断を電話でしてくれるらしい。
何かが不足していても、別の何かが手厚くなっているならば、希望がもてるというもの。)

私も中嶋君も、娘の虫歯をここまでにしたことで、怒られるのを覚悟していた。
けれど、その先生は何一つ怒りもしないし、
娘の虫歯を見て「これはひどいねー」とかいった、“あいのて”のような、“時間つぶし”のような、
いわゆるたわいもない独りごとや感想さえ、一切口にしなかった。
何気ない医者の一言が患者を傷つける、ということはよくあることだ。
でも、先生はこちらが委縮するような、がっくりするようなことを何1つ言わなかった。

思い返せば、その医院は完全予約制で、1度に1人しか診察しないらしいので、
別の患者の歯を削る音を聞くこともなくて、
娘も過度に怖くならないで済んだのだと思う。
待ちあいの掲示物にも、
いかなる感染症の患者さんも受診できるよう、“病院に行って病気をもらってくる”ということがないように
「完全滅菌している」
と書いてあった。

「何をしてくれたか」はわかりやすいけれども、「何をしてくれなかったか」はわかりにくい。
けれども、目に見えない、引き算のようなサーヴィスこそが1番、
実践するのが難しいんじゃないだろうか。

どこをどうとっても、その歯医者さんには品格があった。
そしてその所作振る舞い、一挙手一投足の全てが偶然ではなく、
先生自身の意思と動機を体現しているのだろうと思う。

先生という1人の蓄積と歴史が、現在に華開いている。
それは非常に感動的だった。

その“有難さ”に、中嶋君も私も診療後、
まるで娘が生まれた時、産婦人科のスタッフの方たちに言ったのと全く同じような、
「ありがとうございます」を、先生に連呼していた。


まゆみさんにも心から感謝。


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