奇妙くんがサンデーカミデさんの曲を歌うのが好きです。
奇妙くんの声がすごく引き立つし、カミデさんの曲もすこぶる活きる。
「ロックンロールベイベー」も名曲。

そんな天才バンドがアルバムだすそうで、
動画を見ました↓


なんか泣きそうになる。
なるんだけど、
なんかもうこういう歌(ラブソング?)の情景は、
「遠い」世界のような気がして少し驚いた。

今日、娘と録画しておいた「おおかみこどもの雪と雨」を観て、
すごく親近感があって、こっちの方が「近い」気がした。

でも今フィッシュマンズを聴いても、遠い世界の気がしない。

さみしさと孤独は違うってことかな。

佐藤君は「君」とか「あなた」とか歌いながら、
実は「君」が「音楽」のことを意味してたりしたんだけど、
ラブソング形式にすると歌になりやすい、聴きやすい?
ってなことを言っていた。
けど、佐藤君はラブソング形式の歌の中に、

 音楽は何のために 鳴りひびきゃいいの
 こんなにも静かな世界では
 心ふるわす人たちに 手紙を待つあの人に
 届けばいいのにね

とか
 
 この世の不幸は全ての不安
 この世の不幸は感情操作とウソ笑いで
 別に何でもいいのさ   

とか 

 いったい いくつの時を
 過ごして来たの
 60年70年80年前の感じ
 本当に確かだったのは
 いったい 何でしょうねえ
 時の流れは 本当もウソも
 つくから

とかいう言葉を歌うから、
フィッシュマンズが歌う、こんな世の中の隅っこでも、
世界をしょわずにいられない感じがしたのだった。
1人きりなんだけど、知らずに1人、ってわけじゃなく。
あえて1人。
なんか、佐藤君は日常、すごく立ち向かっていた気がする。
ひょろひょろと。

マッチョにならずにひょろひょろ立ち向かうからこそ、
佐藤君は私には新しかったし、かっこよかったんだよなー。

天才バンドはとても良い。
でも、熱狂できない。
そこがなんかさみしい。

こないだNHKで久石譲氏と吉岡徳人氏の対談を観た。
吉岡さんは苦手だと思った。
久石さんはすごく頭の切れる人だった。
音楽と、同じくらい人もすごいって人を久しぶりに見た。
音楽の方法論と自分の生き方の方法論が同じになるような生き方、
そういうのをしてみたい。

やっぱり晩年は
バッハとモーツァルトと民族音楽だけが慰めになるんだろうか。