最近図書館でかりてきて衝撃だった本。
親としても震撼したとも言える一冊 。
安富歩氏が共著で大分前に出された①「ハラスメントは連鎖する」。

例えば子供の時に親から条件付きの情(ハラスメント)を受けて育つと、
自分の情動を信じられなくて、直観よりも理屈に答えを求めちゃう。
心がいつも晴れなくて、結果誰かにハラスメントしてしまうっていう連鎖。

言葉を使う以上、物理的な暴力以上に、暴力的になってしまうこともあるわけで。
どんなに気を付けていてもハラスメントに加担してしまう。
てか、どんな表現やコミュニケーションをも、相手にはハラスメントとする自由があるわけで。
それも、他者性なるものがあることの証しだと理解したい。

先日読んだ岩波ジュニア新書の②「ヨーロッパ思想入門」とシンクロ。
岩波ジュニア新書は良書が多いのはもうすでに一般認識ではあるけれども、
1冊でヨーロッパ思想を著わさんとするのに、
選び抜かれた哲学者のラインナップのなかで
レヴィナスにページが多くさかれていたのに興味を覚えて読んだ。
この本はとても面白かった。

子供のころに思った
「本当に神様がいるんだったらどうして戦争は起こるの?」
的な疑問の、ヘブライ的な回答が②にのってる。
どうして神は人間の似姿をしているのかってことも。

ある意味、都合のいい考え方なのかもしれないけど、
愛とは無条件。
相手がどんな悪いひとでも関係ない。
戦争しようが悪事を働こうが関係ない。
自分と相手は違うのだ。
神にとって理想的な人間がいたとしたら、
それは神自身または神の投影でしかない。
それでは人間を作る意味がない。
自分とは違うもの、他者性を生むために神は人間を作られた、的な。

聖書に「まず神は言葉を作られた」ってあるみたいだけど、
だからハラスメントは絶対生まれる。
どう考えてもハラスメントとは無縁ではいられない。
でも、ハラスメントをなるべく連鎖させないことの努力、
はできるかもしれない。

その挑戦をガンディーもしたわけで。
ガンディーは①に載ってたんだけど
“正しくないからある「法」に従わないっていうのじゃなくて、
気に入らないから従わないって態度”でいきたい的なこと言ってたらしい。

理屈じゃなくて気に入らないからっていうのが理由って
なんか駄々っ子みたいなんだけど、
でも理屈じゃなくて自分の情動を信じられるのって
無条件に愛されたからで。
これあくまで安富さんたちの表現だけど。

こないだYUKIちゃんが言ってました。
「何かを選ぶときに、良いから正しいからって選ばない。
どっちが楽しいかで選ぶ。
そうしたら誰のせいにもしないから。」

理屈に逃げちゃうってのは武装みたいなものかも。
①で学問しちゃうような人ってみんなハラスメントを受けた人
みたいなこと書いてあった。
なんかの“せい”にしたいんだよね。

自分と向き合うことのキツサ、ツラサはしんどすぎて。
でもそれってハラスメントを連鎖させないための
1つのかけらにはなりうる気がする。

まるで永遠にハラスメントとは加害者としても被害者としても
無縁ではいられない気がするけど、
それが他者性でもあって、
他者性があるから自分も鍛えられるし、見方も広がる。
これってガダマーだよね。
先入見なくしてはひとはものさえ見れないけど、
先入見を否定的なものとしてとらえるのこそ先入見で。
先入見が挫折するからこそはじめて真の理解が生まれるっていう。
だから挫折しなくちゃいけないんだね。

だけど相手の知らなかった気持ちを知ったりして、
でも知っちゃうと、それも自分の解釈でしかなくて、
結局、他者性はするすると逃げていく。
っていうか掴まえられないから他者性なので。
「現在の地平は過去へとくりこまれ続ける」
まさにガダマー?

だからひたすら先入見は挫折し続けなくちゃいけない。
安保法制でこんな時だからじゃないけど、
ハラスメントを連鎖させない努力、
これが本当の教育の要なんじゃないかな。

シャムキャッツの夏目君がどこかで言っていた。
「勝った時の気分ってつまらない」
この感覚を表現できる音楽があるのはすてき。
fishmansもそうだったし。

シャムキャッツ 「AFTER HOURS」


シャムキャッツかなりすきです。