※だいぶ書き直しました

給食の記事の続きは実はまだ何も書いていません。アップは先になりそうです。


アベル・カレバーロ本人の演奏による「アメリカン・プレリュード№1~エヴォカスィオン~」
“エヴォカスィオン”という語には死者の霊を呼び起こす、喚起、回想などの意味があります。



先日、ヴェネスエラとコロンビアの国交断絶のニュースが飛び込んできました。
私には、ヴェネスエラ人と日本人のハーフで、両方の国籍を持っている友達がいます。
彼は今、アメリカ合衆国のマイアミに奥さんと住んでいます。
I君といって、彼と私は彼が12歳の頃からの知り合いです。
12歳の時、単身でヴェネスエラから日本のおじいちゃんのところにやってきたのです。
多分、ちょうど私がスペイン語を話せるからといって、
私たちは引き合わされたのですが、彼の日本語の上達の方が早かったので、
スペイン語云々なんて、はっきり言って私たちの関係には何の影響もなかったと思う。
ただ、当時のI君は、恐らく南米の子供たちの多くがそうであるように、
スペイン諸国からラテンアメリカを独立させ、
ラテンアメリカの統一を志したヴェネスエラ出身のシモン・ボリバルを心から尊敬し、
ヨーロッパの、とりわけスペインの数々の悪行について熱く語る少年だったので、
私はいつも彼から、
「渡部さん(私の旧姓)はどうしてスペインになんか行ったのさ!?」と、ことあるごとに問われ続けました。
何故スペインを選んだのか、私には確固たる理由はなかったけれど、
彼には私を責めるだけの確固たる理由があった。

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(つづきはここから)

ビザの代理申請を扱う旅行会社で働いていた時は、
仕事がら、赤い「ビザ本」という、
渡航者の国籍別の入国条件がまとめられた本にしょっちゅう目を通すことになります。
それを読んでいるうちに、海外渡航における不平等がいかに国家間であるかよく分かります。
私たち日本国籍の人間は観光目的なら大抵、ビザなしでどこにでも行ける。
思い立ったらその日にでも飛んでいけます。
けれども大抵の国の人たちにそんな自由はないのです。
今や欧米諸国や大国には、多くの人たちが資金さえあれば簡単に留学・遊学できるので、
その渡航先を選んだ理由は非常に曖昧で希薄なものになりがちです。
国境は捏造されたものなので、その意味でいけば、
自由に往来する、そのこと自体は本来何も悪いことではないし、やましさを感じることはおかしいことだ。
そういう自負と気概が、ともすると、
自分が、外資をバックにその国に入国しているんだという感覚を麻痺させてしまいます。
そして出入国管理における法は、年々改訂されているものの、
その不均衡さは前時代的で、かつての植民地時代の名残を今にも留めていると思う。

だから、自由往来可能な現代の西側諸国人は、
「何故その国を選んだの?」と、その国がかつて植民地にしていた国の人々から
積極的に質問されたらいいのです。
そこで何が語れるでしょうか。
私には、海外に行くことの醍醐味はこれに尽きる気がする。
一個人が過去や歴史を背負いきることなんて出来るわけもないし、する必要もありませんが、
ただ、そういう問いは確実にあるということ。
そして、その問いを持った人が目の前にいるのだ、ということ。
I君が教えてくれたのはそういうことでした。

これはもしかすると、レヴィナスが言った“顔”にあたるのかもしれないとも思った。
“顔”、それは、
「内容となることを拒むことで現前する。
この意味において、顔は了解し内包することのできないものである」
というような、私に切迫してくる何ものか、けれどもその内容は開示されないもの。
例えば壁にある鍵のかかったドアのようなもの。何が鍵なのかは判明していない。
ドアの先にあるものをドアは語ってはくれないが、
別の空間がそこにあるという暗示を私に与えてくれる。
ドアとは開閉するものと、認知する私がいる限り。

それからは、
「せっかくスペイン語ができるんだったら、役に立てればいいのに」と他人から言われようにも、
もうスペインとはチャラチャラした気持ちではつきあっていられない気がした。
小説が好きな私ではありますが、最終的に翻訳家を目指すにしたって、
今のところ私くらいのスペイン語能力では、
お気に入りのスペインの作家といっても1人くらいしか見つけられない。
日本の小説家だって限られた人しか好きにならないのだもの。
大体、スペイン語で優れた小説を書く作家は中南米の方がはるかに多いだろうし。
あるウルグアイの小説家が大好きになってからは、
もう1度スペイン語圏に行くのだったら絶対ウルグアイだと心に決めたりして、
脱スペインの気持ちは日に日に膨らむ一方だった。
これもI君の影響。

あと、ある南米のサルサ歌手が、
「我々もアメリカ人だ。USAだけがアメリカじゃない」と言ったのを知ってから、
USAのことを単に“アメリカ”と表記することは一切止めた。
これもきっと、I君がいたから。

けれども最近、ひさしぶりにメールのやり取りをしたら、
彼は今、ブートキャンプ(米軍の新兵訓練)に入るための貯金をしていて、
最終的には米海兵隊の航空メカニックを目指しているという。
「兵士としての人生をいく」という文章を読んだ時、本当に信じられなかった。
あれだけまっすぐな子供の目で卑怯さや不正を告発していた彼が、米軍に入るという。
クリスマスで日本に遊びに来た17歳の彼に会った時、
私がチャベス大統領のことを軽はずみに褒めたら、
強い調子で反論してきたことを思い出す。
I君は向こうでは富裕層だし、富裕層を狙った誘拐事件が多発しているヴェネスエラでは、
未成年の彼はとても不自由を感じて暮らしていた。
日本にいるとき彼は
「日本はいいね。自由に外出できるし、安全。
おまけにすぐに食べられるものがどこにでも売っていて安いし、すごい。」と言っていた。
ヴェネスエラの貧困を垣間見る気がした。
だから本当は、彼は日本で暮らしたがっていた。
彼の日本の祖父が彼を、経営の後継者にしたがってはいたけれど、
結局は日本人の風貌じゃないから、また、彼の奥さんがヴェネスエラ人ではなおさら駄目、
というくだらない、本当にくだらない人種差別によって、彼の日本永住の夢は砕かれた。

彼はヴェネスエラでは獣医の免許を取得していて、
動物好きの彼は昔から獣医になりたがっていた。
家庭用のペットや小動物には興味がもてず、大型の家畜の診療を切に望んでいた彼だったけれど、
チャベス大統領によって多くの土地が接収された牧畜業の社会主義化の実態に幻滅して、
その夢をあきらめてしまった。
あと、ヴェネスエラでは確実に人を診る医師と獣医では、前者の方がエリートで歴然とした差があるらしい。
成績の問題で彼は医師にはなれなかったのかもしれない。
彼の弟は医師の道を歩んでいて、その兄弟間の劣等感もあるのかもしれないと思う。

彼は、約1年半の日本滞在後の小学校の夏休み明けに、
戻ってくるはずの日本に戻ってこなかった。
彼の母いわく「日本に行ってから言うことを聞かなくなった。悪い子になって帰ってきた」そうだ。
それは親からの自立で成長だったのだけど、概してそれを親は認めたくないのだろう。
それで母親は息子を手放したくなくなったというわけだった。
12歳で国家の違いによる人の暮らしの違いをまざまざ見てしまった彼なのだ。
批判精神がそこで培われたのは想像に易しい。
そして彼が日本に来た理由は、自分の親と日本の祖父母を結びつけるためだった。
何が彼を日本に単身渡らせたのか。それは親と祖父母間の関係の至らなさのはずでしょう。
そんな親が自分のことを棚に上げて、結果「言うことをきかなくなった」と言う。
ひどいもんです。
I君の日本の同級生にR君というガキ大将的存在の友人がいて、
頭髪が生えない病気があったので(今は完治)常に帽子をかぶっていた。
R君の見た目は不良だったけれど、本当に心優しい男の子だった。
けれどI君の母はI君とR君が付き合うことを禁じた。
「どうして?お母さんは人を外見でしか見ていないよ!」とI君は何度も母親を説得したけれど、
母親は考えを変えなかった。
I君の、元々父親にはすでに抱いていたけれど、母親に対する失望と不信もここに始まり、
結局その溝は埋まらなかったように思う。
これは彼のヴェネスエラに対する失望と不信に重なっている気がする。
彼の両親は結局離婚し、彼の弟は母親と暮らしているそうだ。
ヴェネスエラには彼の居場所がないのかもしれない。

祖国の喪失と脱ヨーロッパと反チャベス。
彼が行く先はもはや合衆国しかなかったのかもしれない。
そういう若者が合衆国には、米軍には沢山集まってくるのだろうと思う。
田中宇さんが下のように書いている。
アメリカはここ数年、極端なチャベス敵視策を展開し、その結果、チャベスを中南米の英雄に仕立ててしまったが、これはもしかするとアメリカの「失策」の結果ではなく、世界を多極化させるために故意にやったことなのかもしれない。アメリカがイラクをわざと泥沼化したり、ウズベキスタンの大統領をわざと怒らせてロシア寄りにさせてしまったりしたのと同じ「故意の失敗」だったのではないかと感じられる。

ヴェネスエラは、中南米は、内部から崩れている。
富裕層と貧困層が引き裂かれ、対立することで消耗させられている。
しかし、この富裕層はもともとヨーロッパからの移民なのだ。
信州大学に留学してきていたアルゼンチン人の友人は、イタリアとの二重国籍だったし、
イギリスの70年代のお笑い集団“モンティ・パイソン”フリークの人の話では、
ヴェネスエラの鉱山の町ではビジネスでパイソンネタが使えるそうだ。
イギリスのケンブリッジ大学で生まれたブラックユーモアの感覚が、
ベネスエラの地方で通用するということだ。
ラテンアメリカは非常に多国籍で、ヨーロッパ系住民が多いとI君も言っていた。

チャベス大統領はIMFと世界銀行から決別し、米州自由貿易圏(FTAA)構想を蹴散らし、
遺伝子組み換え農産物を否定しキューバにならって有機農業を推進している。
すごい決意と表明。
しかし何を言っても、チャベスのことは陰謀論に振り回された暴君としか、
富裕層や西側諸国には理解されないだろう。
私たちがもうすでに、チャベスが闘っている相手をしっかり受け入れてしまっているからなのだ。
以前も引用した河合隼雄氏の
「灯りを持っていない人に灯りを渡して明るくするのは簡単なのです。
厄介なのは、すでに灯りを持っている人です。灯りを取りかえるのは難しい。
もうすでにその人は充分明るいつもりなのですから」
を思い出す。

私は陰謀論は好きじゃない。
オカルトやミステリーのノリで首を突っ込むのは何もしていないよりも悪い時があると思う。
本当のことも私にはわからない。
ただ想像できるのは、チャベスにとっては、私達が陰謀論とみなすものも決して絵空事ではなく、
実感をともなった“現実そのもの”なのだろうということ。
そして間違いなく、I君が米軍に入って悲しむ国家元首はチャベスしかいないと思う。
もう1つのI君の祖国、日本の国家元首はきっと何も感じないことでしょう。

どうかI君、兵士として死なないでください。
そして自らの怨恨ではなく、国家によって植え付けられた架空の怨恨によって、
誰かを殺したりしないでください。
本当に闘う相手は無数にあって、しかもそれらは銃弾や兵器ではどうしようもできないものばかりです。
親と向き合うことや差別と向き合うことの方が、戦争で人を殺すことよりも難しい。