P5080395愛用している無印良品のボックスティッシュカバー。
←もう売っていないようなので、
作ることにしました。
現物は横がファスナーになっているんだけど、
めんどくさいので上からティッシュを入れる式にして
マジックテープで閉じることにしました。










特に見本にした作り方なし。
サイズも適当です。

娘の保育園の時の余った布地を使用。
なので本来は裏の白地を、出来上がりの表にします。
キルティングの方が厚みがあっていい感じ。
キルティングなので最初に布の四方をジグザグでかがってください。

↓中央のティッシュ取り出し口を作ります。
布を中表にして、上下9㎝はミシンで縫って、中16㎝くらいを口にします。
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↓アイロンで開いて、16㎝の部分はまつり縫いをしてとめます。
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底になる部分も、端から1㎝の所を縫います。

↓上の入り口になる所は1.5㎝くらい折り返してアイロンを掛けます。
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↓紐になるテープを下のように織り込んで(少しテープをずらす)、ミシンで縫ってとめます。
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↓折り返した部分を外から1㎝の所で縫って、マジックテープをつければ完成です。
P5080393P5080394
テープが生成り色なので、渋谷系な感じ。。。
ま、壁になじんでインテリア的にはさっぱりしました。

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晴れた休日に、手芸をしていると本当に幸せ。
これで放射能さえなかったら。

最近、対価のない家事労働などをシャドーワークと呼ぶそうだ。
女性の家事負担を問題にしたわけなんだろうけど、
こういう繕いものなんかの家事は、趣味の世界にも近く、
食いしん坊の私には料理をすることも、それが労働だと言われれば、
労働だけではすまない、嗜好の部分がある気がする。
家事というのは、非常に創意工夫の活かせる領分であって、
対価のある賃金労働よりも自尊心が満たされることもあると思う。
人によっては、なんだけど。

この「人によっては」の部分を社会通念化するのは難しい。
1つのコンセンサスになるには6割くらいの支持者が必要なんだろうし、
「その人にとってだけは」という例外が、カガクの問題にならないからなんだろう。

先日読んだジャン・リュック・ナンシーの「フクシマの後で」

フクシマの後で: 破局・技術・民主主義
ここで語られていたことはまた別の機会に感想を書きたいのだけど、
1番なるほど、と思ったのは「等価性」という観点だった。

西谷修氏が書いたように、
未来とか明日を、何にも汚れていない真っさらな時間のことを指すのだとしたら、
もう放射能で汚染されていない未来・明日などないのだ、ということなのだ。
つまり明日は破壊の翌日でしかなく、ただ今日の翌日にすぎない。
そういう意味で、現代の災厄は終わりなき災厄であって、
この災厄から(放射能)から逃れることのできる人、
関係がないとできる人は誰もいないのだ。
明日この世に初めて生まれてくる新生児だって。
例外はこの世からなくなってしまったのだ。

国に税金を納め、その国が核保有国と友好条約を結び、軍事練習をする。
その時点で、核に協力することに厳密に無関係でいられる国民は1人もいない。

関係と呼ばれるものがつねに通約不可能な何かとのかかわりであり、
関係の1項と他項とを
絶対的に等価でないものにするものとの関わりであるとすれば、(青字ナンシー)
現代は、<例外>や<通約不可能な者>などだれ一人いない世界になったのだ。
全てが等価の世界。要は命よりも貨幣が勝った世界ということだ。

そうやって考えると、
シャドーワーク=対価のない労働=家事というものがあるのだとしたら、
それはむしろ1つの可能性なのではないだろうか。
もしくは、対価のない労働という呼び方自体、ねつ造なのかもしれない。
税をとる側からの共働き推奨のキャンペーンの一環だろう。

昨今のデータで、料理に関心の高い妻を持つ夫は、
そうでない夫に比べると年収が数百万円多い、という結果が出たらしい。
これも実にくだらない統計で、悪意さえ感じるけど、
やはりどの方面の人間も、
シナリオ通りにことを進めているような気がする。

何をしたら富裕層が喜ぶのか、
その顔色ばかり見て世界中が発言しているだけ。